少女Αの思考

「まだ気にしてるの?」

修学旅行二日目のクラス行動。水族館の大きな水槽を前に、私は溜め息を吐いていた。多分、知らず知らず何度も繰り返してるんだろう。それに随分この水槽の前から動いていない気がする。なのに何の魚がいるのかも分からなかった。
そんな私に友人は呆れたように声をかける。先に行ってなかったのか、そう少しだけ驚いた。彼女が手に構えるカメラのフィルターには、どんな顔した私が写っているのだろう。情けない顔、なんだろうな。

「気にしすぎるなって言ったでしょ。イベント事の前にはよくあることなんだから」
「よく……?」
「イベントの浮かれた空気にあてられたり、イベントを楽しく過ごすために、彼氏彼女をゲットしようって考えるの。本気で相手が好きな奴なんて一握りよ」

ほら、カップルが増えてたでしょう。友人に言われて思い返せば、確かに学校で笑いあう男女が増えていたような気がする。
でも友人の言うことになるほどと頷くことはできなかった。イベントはただのきっかけで、その楽しい時間を好きな人と共有したいからじゃないのか。本気で好きじゃないなんて、勿論そんな人がいないとまでは言わないけれど、それでも多くは相手のことを想ってるんじゃないだろうか。
それとも本当に、そんな理由で告白できてしまうのか。私にその言葉をくれた人も、そうだったんだろうか。

「そう思うと、気が楽になるでしょう?だからもううじうじ悩むのはやめなさい」

確かに、本気じゃないのなら、友人の言う通りだけれど。でも、それはきっと考えても答えの出ることじゃない。どう思ってたかなんて、本人にしか分からないんだから。
それに、友人には悪いけれど、今私が気にしているのはその人のことじゃなかった。まったく関係ないわけじゃないけれど、それでもその人については自分の中で決着をつけたつもりだ。もやもやしたものは残っているけれど数日のうちには消えてしまうだろう。それよりも優先してしまう人が、いる。

「……告白、したことある?」
「ないわね」
「私も、ない」
「知ってる」

あっさりと言ってのける友人に苦笑が零れる。私の考えなんてお見通しの彼女には、それだけで私の悩みが分かったことだろう。
脳裏に浮かぶのは食満先輩の顔だ。好きだと、思った人。もっと親しい関係になりたいと願わないわけがない。想いを告げたいと考えたことだってある。
けれど、私はそれをするだけの勇気がなかった。
どうしても振られたときのことを考えてしまうのだ。想いを告げて、受け入れてもらえなくて、そのとき今の関係がなくなってしまうのが、どうしようもなくこわかった。今の親しい先輩後輩という関係を手離してしまうかもと考えたら、そんなリスクを含んだ賭けに手を出すことはできないと思ってしまった。

「あんたは、馬鹿ね」

友人が溜め息を吐く。深いそれはやっぱり呆れからだろう。けれど誰かの気持ちが本人にしか分からないように、食満先輩の気持ちだって先輩にしか分からない。少なくとも私には、分からない。
友人はカメラを構える。促されてピースサインを作るけれど、あんまりそんな気分じゃない。ぱしゃりとシャッター音がする、でも今の私はにこりともしていなかっただろう。

「言っておくけど、文化祭も卒業式も告白ラッシュよ。三年相手なら、特にね」
「え……」

ぱしゃり。再びシャッターが切られるのと同時だった友人の言葉。すべてが凍りついたように、思考もなにもかもが真っ白になる。それは、と何とか考え始めたときには、どれだけ時間が経ったのだろう。たった数秒だったのかもしれない、数十分経ったようにも感じたけれど。
それは、つまり、食満先輩も誰かに告白されるかもしれないということだろうか。
そうなったとき、先輩はその言葉に頷いてしまうの、だろうか。
ぐるぐると思考が渦を巻いて、答えがひとつも見つからない。ちょっと待ってと声を出すための呼吸の仕方が分からない。だけど、私は、だって。

わたし、は。




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