友人Ζの激励

まいったなぁ。
僕の家を訪れた親友の沈んだ様子に、僕は溜め息を吐く。僕の不運が感染ったのか、ただ留三郎のタイミングが悪かったのか。そんなことはどっちでもいい、落ち込んでいる留三郎からどんよりしている空気を取り除くのが先決だ。

「それで、何だったっけ。……飛鳥井さんが告白されてたんだって?」

無言で頷く。頷いたと思う。三角座りの膝に顔を埋めてる状態だから分かりにくかったけど。いい歳した男がすることじゃないとは今は突っ込まないでおこう。
しかしまいった。飛鳥井さんが他の男に告白されて、たまたま部活の休憩時間だった留三郎がそれを目撃してしまうなんて。
勿論、他の男に先を越されただけで留三郎がここまで落ち込むわけはない。むしろ飛鳥井さんが断ったことで安心してもいい筈だ。
しかし、ただひとつ、飛鳥井さんのある言葉が留三郎の胸に突き刺さった。

『好きな人が、いるんです』

この言葉が。
……突き刺さらなくてもいいのにと言えるのは、その内実を知っているからだろうか。
飛鳥井さんの好きな人が留三郎であることは確かである。けれど焦れったい恋愛をしている留三郎がそれに気付いているわけもなく、他に好きな男がいるのだと留三郎は勘違いしてしまった。
非常に面倒くさ……いやいや、困ったことだ。どうやって元気付けたらいいのか僕には分からない。飛鳥井さんの前なら格好つけようと空元気を出してくれるのに、残念ながら飛鳥井さんは明日から修学旅行だし。

「落ち着きなよ留三郎、君のことかもしれないだろ」
「慰めはよしてくれ」

とりあえずと口にしてみた言葉は、しかしばっさりと切り捨てられた。慰めも何も本当だよ、なんて言えるわけがないし言ってもこの状態の信じてもらえないだろう。でも、慰められたくないなら自分の家に帰ってから沈んでくれよ留三郎。
けれどやっぱり親友を見捨てることなんてできない僕は、どうにか別の言葉で留三郎の元気付けれないかと考える。

「そうだなぁ、飛鳥井さんに好きな人がいたとして」
「うぐっ」
「……それで諦めるの?」

たとえ話で傷つくのは話が進まないから無視をする。そのじめじめした空気はどうにかしてくれ、カビが生えたらどうしてくれるんだ。それを言ったら多分空気の重さが増して回復が見込めなくなるから、口にすることはない。

「君の気持ちはそれっぽっちじゃないだろう?」

答えない留三郎は、諦められるわけがないと自分で分かっているんだろう。一年間も想い続けた執念はそれしきのことで揺らがない。
そんな彼に、僕が言えることは何があるだろうか。飛鳥井さんの気持ちを僕が代弁しても、それが真実だと伝わっても、留三郎はきっと喜ばない。それがきっかけで付き合うことになったとしても、それは理想の成就の仕方じゃない。
それにこの恋は、留三郎と飛鳥井さんのものだ。僕が不用意に手を出していいものではなくて、干渉が許される境界線を越えてしまっている。僕がしてもいいのは、あくまでも留三郎の背中を押してやることだけ。
だから。
ほんの少し顔を上げた留三郎に、僕は視線を合わせて安心させるように笑ってみせる。

「せめて、玉砕覚悟で当たってみなよ」

そうすれば、なんだ杞憂だったのかと、幸せそうに笑うことができるから。
留三郎は何かを考えるように目を伏せる。じっくりと間を置いて、留三郎はまた顔を埋めた。あれ、と僕が首を傾げる前に、くぐもった声がこう言う。

「……玉砕はしたくねぇよ」

ああ、しまった。
僕は聞こえないように溜め息を吐いた。言葉のチョイスが悪かったのか。僕の手に負えそうにないと判断し、次の言葉を探す思考の横で、はやく帰ってきてくれないかな、とまだ出発もしていない飛鳥井さんに思いを馳せる。とりあえず旅行中に飛鳥井さんから留三郎へメールのひとつでもしてもらえるよう、彼女の友人にお願いしておこう。そうでもしないとこの数日を乗り越えられないような気がした。




目次
×
- ナノ -