少女Αの期待

ここ最近、図書委員会の当番のない日や食満先輩に部活のない日は帰路を共にすることが増えている。共に、と言っても大体は食満先輩が私を送ってくださるのだけれど。
一緒に映画を見た日からだ。あの日から、食満先輩は送ってくれるようになった。普段は遅くなることもないのに、『何かあったら大変だろう』と。寄り道どころか逆方向の食満先輩に悪いから遠慮しようとしても、「迷惑か?」と先輩に言われると断れるわけがない。身勝手な私は建前でしか食満先輩の迷惑を顧みることができないのだ。

そうして一緒にいられる時間が長くなると、毎日挨拶出来るだけで満足していた筈が五分の会話じゃ物足りなくなる。贅沢だと知りながらもっと一緒にいたいと願ってしまう。
こんなに幸せでいいんだろうか。ちらりと隣を見る。これだけ近くに歩けるようになったのはいつのことだっただろう。一歩後ろを歩いて、目が合っただけで緊張していたのはそんな昔のことじゃない。顔を見ようとすれば少し見上げる形になり、私の視線に気付いた食満先輩が優しく目を細めた。私は幸せを噛み締める。

今日も食満先輩と時間を共にして、話すのは来週に控える修学旅行のことだ。

「修学旅行は大変だったな」

私たち二年生の一大行事ともいえるそれを去年迎えた食満先輩に、参考にしたいからと詳しく話を聞いていた。
何処へ行ったか、何をしたか、先輩は嫌な顔せず話してくれる。けれど、正直に言うと、これはただ食満先輩がどのように過ごしたのか私が知りたかっただけだ。自由行動のスケジュールは既に立てていたから聞いた話を反映させることは出来ないかもしれない。先輩のことを知れて嬉しい気持ちに少しの罪悪感が混ざるけれど、それでも自分の欲は止められなかった。

「伊作は砂浜で転けるし海に落ちるし、はしゃぎすぎて突っ走る奴はいたし」

沁々と言う食満先輩は思い出してか小さく笑う。大変だったと言うけれど、それすらも良い思い出となったのだろう。
私も、楽しかったと思い返せるような旅行にしたい。友人がいて、多くの同級生がいて、非日常に身を置いて。きっと楽しくないわけがない。
私たちの修学旅行は二泊三日。三日と休日の間食満先輩に会えないのは寂しいけれど、そんなことを言っても困らせてしまうだけだろう。既に友人に告げて呆れられていた私は、零しそうになるのをぐっと堪える。

「二泊三日なんてあっという間だからな。目一杯楽しんでこいよ」
「はい」
「……まあ、俺としては、暫く飛鳥井に会えないのは残念だが」
「えっ」

食満先輩の言葉に驚けば、先輩は「なんてな」笑っていた。冗談、なのだろう、そりゃあそうだ。でもなんて心臓に悪い冗談、私はどうにか動揺を隠しながら笑顔を作る。何かを期待して高鳴った胸には勘違いするなとたしなめて、私はこっそり嘆息した。冗談でも嬉しいと思う私は末期かもしれない。

「土産話、期待してるからな」
「はいっ」

食満先輩が聞いてくれるというのなら、尚更楽しくお話しできるような旅行にしたい。勿論きちんとお土産も準備しよう。喜んでくれるといいな、なんて考えながら、私は旅行に心浮き立つのを感じていた。


 

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