少年Κの後悔

伊作の勧めるままに映画にしたのは間違いだったかもしれない。そんな思いが浮かび、すぐに振り払う。映画は好きだし今回は大当たりだった。何よりパンフレットを抱えた飛鳥井が満面に笑みをたたえているのだから、映画を観に来たことも映画のチョイスも、何も問題はなかった。
問題があるのは俺自身にだ。映画に集中することができなかった。理由は分かっている。飛鳥井に、彼女の横顔に見入ってしまったからだ。真剣なそれを始め、場面に合わせてころころと替わる表情から目が離せなかった。好きな女がすぐ横にいたから、なんて言い訳になる筈がない。原因は全て、俺の理性の無さにある。

「すっごく面白かったです!」
「あ、ああ、そうだな。正直、期待以上だった」

惜しげもなく笑顔を見せてくれる飛鳥井に同意するように頷く。嘘じゃない、集中できなかっただけで、映画だって楽しんでいた。
前評判の高い映画は期待する分、肩透かしを食らうことも多いのだが、今回はそのがっかり感を味わわずに済んだ。動きがいい役者、二転三転する展開、伏線やミスリードの使い方も上手かった。中弛みすることなく観後感もいい。もう一度見たいと思わせる映画だった。レンタルが始まったら借りてこよう。

茶でも飲むかと適当な店に入り、そこでも話すことはさっきの映画のことだ。どのシーンがよかったとか、楽しそうに話す飛鳥井に相槌を打つ。きらきらと輝く笑顔は見ているこっちの気分も良くさせた。
それにしても、飛鳥井がこれだけ話すのを見るのは初めてかもしれない。いつもは俺が話すことの方が多かった。本当に好きな話だったのか、それとも、気を使わないくらいに仲良くなれているということか。後者なら、いいのだが。

「なあ、よかったら、今度は映画の原作を貸してくれないか?今借りてるのを読み終えたら」
「あ、はいっ、勿論です」
「ありがとうな。他の話も読んでみたかったんだ」
「そう言っていただけたら、お貸しした甲斐がありますね」
「……その本の後もさ、他の作家とか、飛鳥井が好きな本教えてほしいんだけど」
「喜んで」

これは半分は本音、半分は下心からの頼みだ。
飛鳥井が貸してくれた本は確かに面白かった。活字を読む癖がついていなくてなかなか読み進められないが、途中で投げることはない。
ただそればっかりじゃない。飛鳥井の好みを知れることや、貸し借りを続ければそれだけ会えること、こうやって誘う口実になること。その考えは確かに俺の中にあった。打算的と言われようと卑怯だと言われようとへたれと言われようと、甘んじて受け入れよう。

「食満先輩は、何か好きなことはありますか?」
「そうだな……」

飛鳥井のことが、なんて当然言えるわけもないから、体を動かすことだとか映画だとか答えていく。俺のことに興味を持ってもらうことも、俺のことを知ってもらうことも、飛鳥井相手なら非常に嬉しい。
お前に惚れたその日から、名前を知ったあの日から、お前のことを知るたびにお前が好きになるのだと伝えれば、飛鳥井はどんな反応をするだろうか。今はまだ言える気がしないけれど、いつか伝えられたらと強く思う。




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