少女Αの待人

食満先輩との約束の日。私は友人にコーディネートしてもらった服を身に纏い、待ち合わせ場所のオブジェの傍に立っていた。
時計を見れば30分前。さすがに早すぎたな、なんて思いながら行き交う人を眺める。すぐ目の前にある駅は自宅と学校の最寄り駅よりもずっと大きくて、人通りも比べ物にならない。友人らしいグループ、休日出勤のスーツ姿の人、小さな子どもとその両親。様々な人で溢れかえっている。
そこに、落ち合ったばかりらしい男女が紛れていた。仲睦まじげなその様子は、やはり恋人同士なのだろう。幸せそうなその空気に、いいなぁ、なんて思わず呟く。

「飛鳥井」

雑踏の中から名前を呼ばれた気がして、その姿を探す。そう遠くないところに居たその人に、どきんと高鳴る胸をそっと押さえた。

「こんにちは、食満先輩」
「早いな、待たせたか?」
「いえ、来たばかりですよ。それにまだ約束には時間がありますから」
「誘っといて待たせるわけにはいかないと思ったんだけどな」

楽しみだったからなんて本当のことは言えなかった。その代わり、性分なんですと笑っておく。なんだそれ、と呆れ気味に笑い返してくれる食満先輩は相変わらず格好良くて、直視するのが気恥ずかしい。
「じゃあ、行くか」先輩の言葉に頷いて、その隣に並ぶように歩きだした。鼓動が速くなる理由は初めて見る先輩の私服姿か、それとも学校でよりも少しだけ近い距離なのか。

「……なあ、飛鳥井」
「は、はい?」
「その服、いいな。似合ってる」

ああこの人はなんて恥ずかしいことを。熱が集中する顔を隠すように伏せて、小さな声で礼を述べる。それから心の中で、選んでくれた友人にも。
たった一言で一喜一憂できる私は相当この人が好きなのだろう。ちらりと脳裏に浮かぶのは先程の男女。私もこの人と、そういう仲に見えたらいいのに。





私が観たかった映画は好きな小説が映画化されたもので、前評判も高く公開後も人気のある作品だった。しかし邦画に興味のない友人を付き合わせるのも悪いと思い、一人で観に行こうと思っていた、のだけれど。
その矢先に食満先輩が誘ってくれた。一緒に観に行けるだけで嬉しかったのだ。貸した本のお礼なんて、そもそも押し付けたようなものなのだから貰うわけにはいかない。
そういうわけで、チケット売り場に並ぶ間の会話は概ねチケット代を奢る奢らないの押し問答だった。
結局は食満先輩に押しきられてしまったのだけれど。

「本当にいいんですか?」
「ああ。礼だって言ってるだろ?遠慮するなって」
「……はい。ありがとうございます」

これ以上食い下がったら逆に失礼だろう、と支払いを諦めて礼を言えば、「よし」くしゃりと頭を撫でられる。前にも同じようなことがあった。あのときは何とも思わなかったけれど、今は素直に嬉しいと思う。大きくて温かい手だな、なんてどきどきもした。

「あ、じゃあせめてドリンク代は私に払わせてください」

照れを誤魔化そうと視線を巡らせ、目に入った売店に思いついたままを口にした。そうだ、チケット代は諦めるとしても、これくらいはさせてもらわないと。
これについても少し議論があったけれど、譲る気がないのが分かったのか、食満先輩は仕方なさそうに笑って頷いた。




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