友人Υの見解

教室に入ってきた飛鳥井あやが私に気付くと、話を聞いてくれとばかりに一直線に向かってきた。荷物を置いてこいだとかぶつかった他人の机をきちんと整列させる冷静さはあるのかとか言いたいことはあったけれど、とりあえずは。

「気持ち悪い」
「友人の第一声がひどい」

ひどいと思うならそういう表情をしてみろと思う。あやは幸せだと言わんばかりに頬を緩ませていた。あやをこんな顔にさせる原因はひとつ、3年3組食満留三郎先輩だ。昨日メールアドレスを交換してからずっとこの調子なのだろう。恋は人を変えるというが、彼女の場合それが顕著らしい。昔の彼女が若干懐かしい。

「で、昨日はちゃんとメール送れたんでしょうね」
「う、うん。ありがとう、助かったよ」
「わざわざ『一緒に文面考えて』なんて何事かと思ったわ」

今後もよろしくお願いします程度の文章を打つのに何十分掛かったことか。本文が決まってからも、送信ボタンを押すのにきっと随分と時間が掛かったのだろう。

「で、昨日はどうだったの?」
「ええと、帰りに偶然会って……食満先輩、電車通学みたいだったから、本屋に行くって言って駅まで一緒に行かせてもらった。迷惑じゃなかったかな……」
「迷惑だったら断るでしょう。少なくともどうでもいい人にメアド聞いてこないわ」
「そう、かな。ちょっと仲良い後輩くらいになれてるかな」
「なれてるなれてる」

一緒に帰ろうと誘ったことは、恋愛初心者のあやにしては頑張ったと思うことにする。中学生でももうちょっと進んでると言ってやりたいが、相手が相手なだけに無責任に背中を押すのはやめておくべきだろう。なんせ相手はイケメン集団のひとりだ、傷つくあやは見たくなかった。
我が友には幸せになってもらいたい。あやに友情以上の感情を抱いてるとか彼女の存在に救われたとかそんな漫画みたいな過去は私にはないし、半ば面白がっているのもあるけれど、あやの初恋を成就させてやりたい気持ちに嘘はない。

「……あ、それでね。本を貸す約束をしたんだけど、何処で渡せばいいかとか聞かなきゃいけないから、また一緒に文面考えてくれる?」
「はいはい。今度ジュース奢りなさいよ」
「了解」

さて、早いうちに食満先輩がどういう思いなのか見定めなければ。恋愛シミュレーションゲームの、対象キャラの好感度バロメーターを教える友人的立ち位置の如く、私はあやを支えるのだ。



思い立ったが吉日と、昼休みに本を渡しに行ったあやの後をつける。中庭の花壇の前。物陰に隠れて様子を窺おうとすれば、そこに一人分の影があった。

「あれが留三郎の言ってた子か……」
「……善法寺伊作先輩?そんなところで何を?」
「え、あっ、いや、別に」
「しっ、見つかりますんで静かに」

食満先輩の友人である善法寺先輩がこんなところでこそこそしているのは気になるが、それよりも今はあやと食満先輩だ。
本を受け取った食満先輩は嬉しそうに見える。その視線は本でなくあやに向けられたまま。どうやら脈がないわけでは「ね、ねえ」……静かに、と言っているのに。なんですかと善法寺先輩に目線で応える。

「君も、あのふたりの様子を?」
「……では、善法寺先輩も?」
「あの、もしかして、彼女から何か留三郎のこと聞いてないかな?」
「先輩こそ、何かあの子のこと聞いてませんか?」

私たちの間に無言が続く。つまりそれが答えだ。
ああ、なんだ、そうなのか。肩の荷が降りた気分だ。どちらからともなく視線を外し、深く息を吐いた。善法寺先輩も相当気を揉んでいたらしい。

「両想いなんだね、あのふたり」
「そのようですね。……善法寺先輩、そう思うと苛々してきませんか」
「やきもきはするね」
「……ちょっと強引になるよう、押してやってくれませんか。我が友は奥手なので」
「それとなくやってみるよ」

苦笑する善法寺先輩と握手を交わす。ここに同盟が組まれた。二人の仲を応援し後押しする、秘密裏の同盟が。
あやの想いが実るのは確定したようなものなのだから、あとはもう、面白がらせてもらおう。


 

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