少年Κの緊張

「お待たせ、しました」

昇降口まで小走りでやって来た飛鳥井に急がなくていいのにと苦笑し、それじゃあ行くかと校門に向かって歩き出す。
いつも一歩後ろを歩こうとする飛鳥井に、隣に立ちたくてわざと足取りを遅くした。緊張が気取られやしないか心配でならなかったが、盗み見た表情は嫌そうなものではなかったから大丈夫だろう。
一緒に帰っていいかと訊いたのは飛鳥井で、俺は勿論頷いた。しかし俺は電車通学で、飛鳥井は徒歩かつ駅とは逆方向。当然俺は送る気でいたが、それを言う前に『ちょうど駅前の本屋に行きたかったので』と飛鳥井が言った。
それは口実で、俺と一緒に居たいのだと思ってくれているのならいいのに。そんな都合のいいことばかりではないと分かってはいるのだが。

「飛鳥井は本好きなんだな。好きなジャンルとかは?」
「結構何でも読みますよ。サスペンス、恋愛、ホラー、コメディ……小説でも漫画でも」
「へえ。俺はあんまり読まないからなぁ……」

読むとしてもせいぜい漫画くらいのものだ。それも熱血な少年漫画ばかり。勝手なイメージだが、飛鳥井が好んで読むなら少女漫画だろう。共通の話題にはなりそうにない。なら、彼女の好みを知ることを目的にしよう。
そうやって話の方向性を定めながら俺は口を開く。正直頭の中はいっぱいいっぱいで、冷静に考えることは出来ていなかったが。

「……たまには小説なんかも読んでみるかな。飛鳥井のおすすめは?」
「え!ええと……好きなジャンルとか、ありますか?」
「そうだな……サスペンスとか、かな」
「それなら、読みやすい作家が……」

ジャンルと言われてもピンと来ないが、それを言って引かれたり困らせたりというのは避けたいので適当に答えた。サスペンスがどういうのを指すのかもいまいち分かってないが、二時間ドラマとかでよくある刑事モノとかはあんまり嫌いじゃないし、多分大丈夫だろう、と。
飛鳥井が教えてくれたのは著書が何度か映画化している作家だった。その映画のひとつを見たことがあり、二転三転する展開が面白かった覚えがある。あの映画の原作を書いた奴なら読めそうだ。
何より飛鳥井が薦めてくれたのだから、どれだけ読み難くても時間が掛かっても最後まで読み通すつもりだが。
早速本屋で買ってみるか、財布の中身を思い出しながら考えていると、「あの、」飛鳥井の声に思考が中断される。

「その、よかったらお貸ししましょうか?」
「……いいのか?」
「勿論です」
「なら、頼む」

それはつまり会う約束でもあるのだから、その申し出を断る理由など何もない。一応程度の遠慮にも飛鳥井は笑って頷いたのだから、喜んで貸してもらうことにした。
もうすぐ駅に着く。今日の収穫はかなりのもの――いや、まだだ。もうひとつ、やり遂げなければならないことがあった。そろそろ伊作にもいい報告がしたい。ぐっと拳を握る手に力を入れる。

「そっ、そうだ、連絡先教えてもらってもいいか?」

伊作は教えてくれと言えばいいと言った。俺は理由もなしに出来ないと逃げていた。大丈夫だ、今ならば理由が作れる。本を受け取りに行くときとか、連絡が取れないと不便だろう。そう言えばいいのだ。
それでも断られないかという心配はあったが、飛鳥井はすぐに携帯電話を取り出した。これでミッションコンプリートだ。





「伊作、聞いてくれ。実はかくかくしかじかで」
『おめでとう留三郎。とりあえず僕に報告する前にメールを送ってみればいいんじゃないかな』
「えっ、そ、そんな」
『もう最近君のキャラが分からないんだけど。イ食満ンじゃなかったの?オ留ンだったの?』




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