天女様を好きなひと

「咲子先輩、もう宜しいでしょうか」
「うう……もう少し」

綾部くんを見つけたため、お願いして掘りかけの穴に入らせてもらってから暫く、私は溜め息と後悔を繰り返していた。そろそろいい加減にしなければ綾部くんにも迷惑を掛けてしまう、いや既に十二分に掛けているなと思いながらも、もうひと溜め息吐かずにはいられなかった。きっとこの穴の中は私の溜め息が充満していることだろう、綾部くんにますます申し訳ない。

「咲子先輩は相当お疲れのご様子ですが。天女のお相手は大変ですか」
「ううん、天女様は問題ないんだけど……はぁあ……」
「では学園の生徒の誰かのことでお悩みですか」
「ううん、そうといえば……そうなのかなぁ……」

食満くんに関することで自分の動揺を隠せていないのだから、間違いではないだろう。六年生にもなって情けないと十数回目の言葉を息に溶け込ませながら思い切り吐き出す。それを最後にしようと顔を上げれば、穴の口からこちらを覗きこむ綾部くんの顔が見えた。まだあまり深くない穴なのでその顔は思っていたより近い。真っ直ぐに合った目は、何を考えているのか分からなかった。

「恋患いというやつでしょうか」
「それは、違うかな」

食満くんに恋をしていることも、それが叶いそうにないことも胸は痛めど受け入れているつもりだ。あくまでも隠しきれない自分の不甲斐なさが悩み。だから首を横に振れば、そうですかと綾部くんは首を傾げた。相変わらずの表情だったけれど納得していないんだろうということは分かって、私は苦笑を隠せなかった。

「おそらく、咲子先輩は考えすぎるのではないでしょうか」
「え?」
「天女のあのお気楽加減を、ほんの少しだけ見習って見れば如何かと」
「気楽に……」

私を慰めようとしてくれているのだろうか。綾部くんは優しい後輩だなと思いながら下げそうになった顔をもう一度しっかり上げる。「ありがとう、綾部くん」お礼を言って立ち上がり、穴の縁に手を掛けてそこから出口へと登った。湿っぽいにおいのしない穴の外は明るくて、綾部くんの言葉と一緒に私の気持ちも晴らしてくれる。

「私、もう少ししっかりするね」
「先輩は比較的しっかり者だと思います。あの天女の相手をしてられるんですから」

その天女様に見破られてたんじゃ情けないどころの話じゃない。もっと自分の気持ちを押さえられるように、くのいちのたまごとして精進していこう。私のせいで食満くんの想いが実らないなんて、絶対に起こらないように。
食満くんの想いを応援する。そう決めたので、他に天女様のことを慕ってるひとがいたら少し気まずい。そう思って、穴へと戻る綾部くんにひとつだけ訊いた。

「綾部くんも天女様のこと、好き?」
「僕は好きですよ、そこそこ」

綾部くんも優しい子だと私は知ってるのに。ああ、ままならない。





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