天女様のお好み

夕食とお風呂を終えて、天女様の庵を訪れる。勿論、食満くんが買ってきてくれたお団子を持ってだ。天女様の入浴はくのたまの殆どが捌けてからなのでゆっくり食べる時間もある。そう考えたのだけれど。

「えー、いらなぁい」

天女様は一言で切り捨てた。
どうしようこれじゃあ食満くんに申し訳ない。そんな焦りで「せっかく買ってきてくれたんですよ」更に推すけれど、天女様は首を振るばかりだった。別の誰かからの贈り物のお饅頭を両手に持ったまま。団子の気分じゃなかったのかと思えども、饅頭の包みの傍には食べかけの団子もあったのだから、そういうわけじゃあないのだろう。

「それは咲子に、でしょう?私は私がもらったものを食べるからぁ、それはあんたが食べなさい」
「……はい」

天女様の言っていることは正しい。食満くんが内心どう思っていようと、食満くんは私にくれたのだ。貰ったものを勝手に他人に譲渡するのは失礼になるだろう。けれどそれじゃあ食満くんの想いに気付いてもらえない。困った、と悩みながらも団子の串を一本手に取った。ひとつ食べれば、とても優しい甘味が口のなかに広がる。こんなに美味しいのに、と天女様を見れば彼女はにこにこと笑っていた。

「あんたはよっぽど、食満留三郎が好きなのねぇ」
「?!」

喉に詰まるかと思った。何を急に言い出すのか。慌ててお茶を飲めば更に天女様は笑う。それは嘲笑うというより微笑ましいと言わんばかり。私は咳き込み、そしてどうにか息を整えるとようやく口を開いた。

「天女様、いきなり何を……」
「うふふ、動揺しちゃってぇ。くのいちがそんなのでいいのかしらぁ」

ころころと笑う天女様の言葉が胸に突き刺さる。確かにこんなことで動揺してしまうとは、忍として未熟だということだろう。精進しなければ。
けれどどうしてばれてしまったのだろうか。私の態度はそこまで露骨だろうか。それを訊いても天女様は笑うだけで、私は今度こそ頭を抱えた。他の子や、食満くんに気付かれていたらどうしよう。穴があったら入りたいくらいだ。今度綾部くんに会ったらお願いしてみようか。

「ねえ、咲子」
「……はい、何でしょうか、天女様」
「ほしいものはほしいと言っていいのよ。じゃなきゃ、離れる必要のないものまで離れてしまうわぁ」

そっと耳打ちされたその言葉は、どういう意味だろうか。
天女様に問うてみても、彼女はやっぱり笑うだけだった。





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