天女様の世話係の想い人

天女が現れたその日、食満留三郎は愕然とした。
そしてその暫く後、それ以上に愕然とする羽目になった。
前者は自分の想い人がその得体の知れない者の世話係になってしまったからであり、後者はその想い人がとてつもない勘違いをしていたからである。

留三郎は篠崎咲子が好きだった。まだ幼かった一年生の頃からだ。想いを告げられなかったのは拒絶を恐れてのことで、しかしそのままではいけない卒業前までには、と考えた矢先に、天女が現れた。
一番近くにいた咲子を守らねばと走り出すも接触は止められず、あれよあれよと言う間に世話係を命じられ、彼女は四六時中天女の傍にいなければならなくなった。その処置に憤慨し、他に思うところのあったらしい同級生たちと学園長に直談判すれば、天女に勝てたら咲子を世話係から外すと言う。そこからは咲子のいない間に天女に勝負を挑むことが六年生五年生の間で通例となっていた。
何処で咲子は勘違いをしたのだろうか。言葉にはしていなくとも態度では多少示していたつもりなのだが。咲子が曲解していたことは知る由もなく、留三郎は天井を仰いだ。
そして昨日の襲撃事件である。何故咲子が天女なんぞを守らねばならんのかと思いながらも、その傍にいるのならば自分たちが追い払えば安全なのだからと賊に応戦していた。しかし片がついてみると咲子は重傷を負っていた。留三郎自身は見ていないが、彼の親友は目撃していた。倒れる咲子と、化け物と、その化け物を一撫でして消し去った天女を。
化け物は天女の仕業に違いない。そう判断するには早計だったかもしれないが、得体の知れないものには得体の知れない者が関わっていると思いたい気持ちもあった。咲子のことは親友に任せ、残る六年生五年生で総力戦を仕掛け、そこで天女は攻撃を軽くいなしつつ笑いながら言った。

「心配しなくとも、私はもうすぐ帰るわよぉ」
「何……」
「でも、そうねぇ。咲子のことは結構気に入ったのよねぇ」

あの子は、つれていこうかしら。
軽くそう言ってのけた天女に目の前が真っ赤になった。何故攻撃がかすりもしないのかと自分にも腹が立つ。鉄双節棍を握り締め、距離を詰めようとしたそのとき、「て、天女様?」姿を見せたのは咲子だった。医務室で目覚めてすぐに来たんだろう、後方で伊作が足を滑らせ転んでいるのが見えた。天女は彼女へと振り返り留三郎たちに背を向ける。余裕の表れだが、留三郎に起こったのは更なる怒りよりも焦りだった。
笑って咲子に近付く天女に、ついさっきの言葉が脳裏に蘇る。今この瞬間にも連れて消えるつもりだったら。目の前で五年生が動き出す。本来ならば加勢するべきだが、取った行動は咲子を連れてその場を離れることだった。
天女の寄りついたことのない、自分のよく知る用具倉庫に連れ込む。息を乱す彼女に配慮が足りなかったと反省しながらも、天女が来る前に話を訊いた。咲子を連れて行かせてもいいという思いは一切ない。しかしもし咲子が天女を気に入っていて、共に行きたいと言うのならば、自分の思いに蓋をするつもりだった。
そして分かったのが、とんでもない勘違いであった。

その後なんやかんやとありながらも勘違いを正し互いの想いを感じ取ったところで咲子を医務室へと連れて戻れば、生暖かい目が留三郎を迎えた。咲子を保健委員に任せてにやにやと笑う同級生たちの囃し立てる小さな声を甘んじて受け入れたり喧嘩文句を買うのを我慢したりとしていれば、音を立てて戸を開き天女が現れる。またかと思いながらもまだ咲子を連れていくなどとほざくつもりならば、と留三郎は鉄双節棍を握り締めた。それは杞憂に終わったようで天女はすぐに咲子から離れたが、どうやら大人しく帰るつもりもないようで。咲子からは見えない角度でにやりと笑った天女は「私に毒入り餅とか差し入れしてくれた輩には三日ほど妙に肛門が痛くなる呪いを掛けていくけど命に別状はないから恨むなら短絡的な自分を恨みなさいねぇ」などと言い残して消えた。何ともくだらない文句だがあの天女の言うことであれば事実かもしれないなと考える留三郎は毒入り餅などは渡していない。どうせ送るならその世話係に美味しいものをと思うのは彼にとって当然のことだった。
代わりに殺気立ったのは主犯だろう五年の学級委員長たちであり、即座に彼らを中心として天女探しが始まった。後輩想いでもある留三郎が自分は関係ないからと協力しない筈もなく、咲子のことは親友に任せて捜索に参加した。結局のところ見つかることはなかったが、そうして探すことで本当にいなくなったのだなと納得に繋がった。
納得すれば今度は再び咲子の前に現れていないかと心配になり、早々に捜索を切り上げ医務室に向かう。元気そうな顔を見ればやっと安心できた。普段ならば暫く医務室から出さないように言うだろう親友が早々に許可を与えたのは疑問に思ったが、もう身体も大丈夫ならいいのだろうと咲子を連れて外に出る。こうして歩くのははじめてと言ってもいい筈なのに、すぐ傍にいることがこうもしっくりくるのかと思えた。

「私、いっとう、食満くんが好きよ」

そう告げる咲子の笑顔の可愛らしさには照れるしかなく、それでも留三郎は自分もはっきりと告げなくてはならないと口を開く。

「俺も、誰より咲子が好きだ」

それを聞いた咲子はより幸せそうに甘く笑う。ずっと欲しかったその笑顔を手離すつもりはない。なんとしてでも守ろうと留三郎は心に決める。天女が現れて色々とありはしたが、終わりよければというやつだろう。根拠はないがきっとこれからも上手くいくはずだと、そう思えた。





目次
×
- ナノ -