天女様のまじない

あのあと医務室に戻り、善法寺くんに怒られたり保健委員の三年生に布団に押し込まれた。手当てを受けていた五年生六年生は軽傷ばかりで、相当手加減されたと悔しそうにしている。次こそはと意気込む彼らは真剣で、その相手の天女様に夢中という様子は一切なかった。強いて言うなら手合わせに夢中ということか。私のもとに届いていた噂は何だったのだろう。そんなことをつらつらと考えていたら、「はぁい咲子」天女様が医務室の戸を開けた。

「私、用も済んだし帰るわねぇ」
「えっ」

そして相変わらず綺麗に微笑みながらそう言い放ち私を驚かせる。周りで殺気立っていた忍たまも、声を上げた私と同じような反応をするか苦々しそうに口を閉じるかだった。思わず起き上がってしまったけれど、善法寺くんも咎めることを忘れているようなのでそのまま近付いてきた天女様と視線を合わせる。

「まぁ実際は帰るって言うより別の場所に移動するだけなんだけど、もうあんたらの前に出てくることはないから安心なさい」
「移動、ですか」
「そうそう。次ははちゃめちゃ系戦国時代に降臨しなきゃなんないから。天女様は忙しいのよ」

はちゃめちゃ系戦国時代とやらがどこのことを指しているのかちっとも分からないけれど、戦をしている真っ只中という意味だろうか。何故そんなところにと眉をひそめれば、「心配してくれてるのねぇ」なんてうふふと笑った。

「お仕事だから仕方ないのよねぇ。此処は楽しかったし咲子はいいこだったからとっても名残惜しいんだけれど」
「咲子は連れて行かせねぇからな」
「はいはい、しつこい男は嫌われるわよぉ」

食満くんの言葉にときめきを覚えながらも、それをあっさりと流した天女様はそっとしゃがんで私の頭に手を伸ばした。撫でる手は思いの外優しく、何だかとても暖かい。

「お腹の傷はまだ痛むかしら?」
「いえ、今は痛み止めが効いているので」
「そう。本当は放っておいてもいいんだけれど、私を守ってできた傷だし……女の子の身体に傷を残すわけにはいかないものねぇ」

天女様の手が腹の方へ移動する。丁度傷のあたりで動きが止まると、一瞬ちくりとした痛みを伴う熱が傷の辺りを覆った。驚いている間に痛みも熱も収まり、天女様の手が離れる。

「咲子、ありがとうね。幸せにおなり」
「は、はい」

天女様は立ち上がると、「ああそうそう」今度は忍たまたちへと視線を向けた。私には聞こえないように何かを言ったらしく、暫くして驚愕と怒号が雑ざったような声があちらこちらから上がる。手当て中だからかその場で天女様を攻撃したり、反対にされたりということはないようなので歩きだしたその背中を見送れば、医務室から出ようとした辺りで「あの」善法寺くんが声を発した。

「結局、天女様って何者だったんですか?」
「やぁねぇ。あくまで天女様よ、私は」

振り返った微笑みは今までで一番、ぞっとするほど綺麗なもの。うふふといういつもの笑い声を残して戸を閉めれば、それきり学園から天女様は消えてしまった。呆気ないほど、あっさりと。





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