天女様からの逃走

自分の不甲斐なさを恥じながらも食満くんに手を引かれて走り続け、辿り着いたのは用具倉庫だった。綺麗に整頓されているそこの奥まで駆け込んだところでようやく止まった。息ひとつ乱していない食満くんに対し、多少呼吸が深くなってしまう私はまだまだ未熟だ。いや、反省するのは今じゃない。

「す、すまん、急ぎすぎたか?」
「ううん、大丈夫」

ひとつ深呼吸すれば、呼吸は整う。それでも食満くんが心配そうにするのは、私の頬が薄暗い中でも分かるくらいに真っ赤になっているからだろう。走ったからという理由でないのがなんとも情けない話だけれど、耐性がなかったのだからどうしようもない。手から伝わる体温に、私は夢かと疑わずにはいられなかった。

「悪いな、どうしても咲子と話がしたかったんだ」
「大丈夫。でも、皆と天女様をあのままにしてよかったの?」
「ああ、気にしなくていい」

理由はなかったけれど、食満くんのきっぱりとした言葉にそれならばと頷く。後輩と友達想いの彼のことだ、彼らが危険な状況ならば放っておかないだろう。
話は何かと促せば、食満くんは言いにくそうに言い淀む。余程言いにくいことなのだろうか、それでも、その話をするために来たのだ。食満くんはそっと口を開く。

「咲子は、なんであいつを庇ったんだ」
「……天女様を?」
「お前は、あいつを……気に入っているのか?」

一つ目は暫し置いておこう。二つ目の質問について考える。
邪険に扱われたことはないから、天女様には気に入られているんじゃないかと思う。では私が気に入っているのかと言われればどうだろうか。嫌いではない。天女様はよく笑うし、おつかいを果たせばお礼も言われる。買ってきた菓子を分けてくれるし、優しい方だ。

「嫌いじゃない、けど……」

けれど。自分の好きなひとが好きなひとを、好けるほど私はできた人間ではなかった。
私の言葉の続きを察したのだろう。食満くんは眉間に皺を寄せる。好きなひとを悪く思われていい気はしない筈だ。言葉の選択を誤ったと思えど、嘘を吐くつもりもなかった私は何を言われるのも覚悟して彼の言葉を待った。

「じゃあなんで、自分の身を盾にしたんだ」
「え?」
「どうしてわざわざお前が、咲子が傷ついたんだ」

傷が残るんだろう、と呟いた食満くんは、何故かつらそうな顔をしていた。





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