天女様、対、

天女様は口元を扇子で隠しているけれど、にっこりと笑っていた。それは食満くんたちの真剣な表情や負っている傷と対するにはなんとも不自然で、一体どういうことなのかと混乱してしまう。
とにかく止めなくてはいけないのだろうと「て、天女様?」声を掛ければ、弾かれたように全員の視線がこちらに向いた。

「あら咲子、うふふ、目が覚めたのねぇ、よかったわぁ」
「あ、はい、ありがとうございます……ええと、何をされてるのですか」
「彼らの相手をしていただけよぉ」

やはり微笑んだままの天女様が、彼らに背を向けて私の方へゆっくりとした足取りで歩いてくる。ちょっと待て、と誰かが声を張り上げたけれど、天女様には聞こえなかったのか足を止めることはなかった。
次に動いたのは五年生の鉢屋だ。きっと彼が一番近かったからだろう。天女様との距離を二歩で詰め、手にした苦無で狙うは首だ。避けられない、そう思った私が止めるよりも速く、ぱしんと軽い音でそれをはね除けたのは扇子だった。無論、今この場で扇子を持つのはただひとりだ。

「あんたはいつも首ばかりねぇ」

やっぱり微笑んだままの天女様の声は、なんだか冷たく感じた。更に飛んできた万力鎖の錘も扇子で叩き落とし、一足飛びに距離を詰めた久々知と竹谷を難なくかわす。それぞれの手にした武器も天女様の着物にかすることもなく、その死角を突いた不破の刀なんて振り返ることすらないままに扇子で受け止めた。人間業じゃないそれに目を剥いたのは私だけじゃあないだろう。

「五年生だけじゃあ遊びにもならないわぁ。あんたたちもまだ動けるんでしょ、時間を稼ぎたいならかかってらっしゃい」

天女様の挑発に六年生もそれぞれの武器を構え直す。圧倒的不利に見える状況にも天女様はただ微笑んで余裕を見せていた。
相変わらず何が起こっているのか分からないままの私はまず何をするべきなのかと考える。彼らから理由を聞くのは難しいだろう、止めるならば先生を呼ぶべきだ。後輩たちの無事も心配だった。まず声を掛け、保健委員を連れてくるか。天女様ならば私の言葉に反応するかもしれないけれどそれで隙が出来てしまうのも危険だし、そもそも止めていいのかも分からない。理由なく誰かをいたぶろうなどと彼等がする筈もないのだから。

「咲子!」

善法寺くんから詳しい話を聞いておくべきだったと後悔する私を思考から引き戻したのは、私の名を呼ぶ声だった。間違える筈もないその声の主は、走りながら私との距離を縮め、すれ違い様に私の手を取った。「咲子、来てくれ!」しっかりと手を掴まれた私に拒否権はなく、引っ張られて私も走り出す。天女様に攻撃を打ち込む彼等が心配だったものの、背中から聞こえた立花くんの早く行けと促す声に押されて、戸惑いながらも目の前の背中を追うことに専念することにした。
目の前の、食満くんの、背中。
いつも遠くから見ていた背中だ。視界に入る、私の手をしっかりと掴む手も同じく。食満くんに手を引かれて、何処かに向かって走って、なんてどうしてこんなことになっているのだろう。ひとつも状況が分かっていないにも関わらずどきりと胸を高鳴らせてしまう私は、ああもう、本当に忍び失格だ。





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