天女様と襲撃

目が覚めると薬草のにおいが鼻についた。保健室だ。一体何があったのか、そう思い出そうとした記憶はずきりとした痛みに一気に甦った。

天女様の予言から二日目の夜、とある城の抱える忍びや雑兵が、学園を囲むように攻めてきた。その情報をあらかじめ掴んでいた学園は問題なく迎え討つことができていた。途中、までは。

「篠崎さん、起きたんだね」
「……善法寺くん、あの、敵は」
「大丈夫、もう心配ないよ。敵の忍も兵も、化け物も」

優しく微笑む善法寺くんの言葉に安心する。ほっと息を吐くと、先程の痛みがじくじくと訴えるように痛みだして思わず顔を顰めた。心配そうにする善法寺くんに笑顔を見せることも失敗して、傷を見てもいいかなと言われて頷く。掛け布団を捲り腹部を露出されるけれど視界はうまく遮られていた。どうなっているのか見えなくて、把握したくはあるけれど見るのが怖くもあった私には優しさでしかない。

「傷は開いてないみたいだね。気休めにしかならないかもしれないけど、痛み止めを用意するよ」
「ありがとう、お願いします」
「痛みは暫く続くと思うから、痛み止めが切れたら遠慮せず言ってね。新野先生は臓器に傷はついていないって言ってたからそこは安心して。ただ、その……傷痕は残るかもしれないけど……」
「そっか、仕方ないね」

仕事の方法は限られてくるけれど、元々色の成績はいい方じゃない。くのいちとして働くにはやや不利になっても道が潰えたわけではないから、少なくとも今は気にしないことにした。
すぐに出された痛み止めの粉末を水で流し込み、喉に残る苦々しさに眉を寄せる。良薬は口に苦しという言葉を思い浮かべながら効果が出ることを祈った。
この傷ははたしてどのような傷のようになっているのだろうか。目を閉じて先程思い出した記憶をなぞる。
天女様を連れて移動する途中、突然空から降ってきた真っ黒な何か。巨大で目が三つあった蠢く塊、化け物というしかないそれから天女様を守ろうとして、触手のようなものに腹部を貫かれた。鋭い痛みにそこからの記憶はないけれど、あの化け物ももう心配いらないと善法寺くんが言うならばそうなのだろう。
天女様を守れたのなら、傷のひとつやふたつ構わない。就職には影響が出るかもしれないけれど、食満くんが悲しまないで済むのなら今の私にはそれが一番だった。

「ところで、篠崎さん。倒れたときに言ったこと、覚えてる?」
「え?ええと……」

目を開けると眼前に広がっていた善法寺くんの真剣な顔に、慌ててもう一度記憶を探る。けれどやはり化け物の攻撃から先は覚えていない。二度繰り返してから首を振ると、善法寺くんは真剣な表情を解いた。今度はなんだか泣きそうな顔だった。

「覚えてないなら今はいいよ。暫くは世話係もしなくていいとのことだから、ゆっくりしてて」
「そ、そう。……ところでその天女様は?」

善法寺くんの様子も気になるけれど、私が気にしなければいけないもうひとつの存在。彼女は無事なのか、何処にいるのだろうか。ひっくるめて訊けば、善法寺くんは遠い目をした。

「……戦ってると思うよ。留三郎たちと」

共闘、という意味ではないだろう。理由は分からないがきっとのんびりと寝ている場合じゃない。何処でだと簡単に話を聞き出し、善法寺くんの制止を振り切り未だ痛む傷を押さえながら慌ててその場所へと向かう。
競合地区の一角。何故か傷だらけの五年生六年生、そして彼らから睨まれつつも悠然と佇む天女様が、そこにいた。





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