約束 「貴方をあいつらと一緒にはしない」 「こんな村、もう嫌!」 「ありがとう……留三郎」 そう泣いて、笑って、約束を交わした彼女は、もう俺の隣にはいなかった。 第3日/20:57:55 なまえを探して入り組んだ建物を歩き回り辿り着いたのは、最後になまえを見た赤い水が広がる場所だった。此処で行われていたのが『儀式』なのだろう。『花嫁』つまり生け贄だという彼女は俺の目の前で炎に呑まれてしまった。そしてあの大きな化け物が現れて、それが暴れだして……それ以降は気を失ってしまって分からない。目を醒ましてからは求導師だとかいう男から土偶のようなものを受け取ったり、『儀式』を執り行った求導女に遭遇したと思えば赤い水の濁流に呑まれたり、遠回りをしてようやく此処に戻ってきたのだ。 なまえが消えたとは、思えなかった。気を失っていたとき夢で会話を交わしたのだ。きっとなまえは何処かにいる。彼女を探しだして、早く約束を果たしてやらないと。 何か手懸かりは残っていないかと膝をつき水面を覗き込む。波紋で揺れるそこに映る俺は、ひどい顔をしていた。疲れているな、こんな状況じゃ無理もないことだが。そうして視線を動かし、気付く。すぐ後ろで微笑むその姿に。ああ、なんだ。 「此処にいたのか」 『私はずっと留三郎の傍にいるよ』 俺が苦笑すると、なまえも笑う。その笑顔はつい数十時間前に見せてくれたのと変わらないものだ。多分、振り返ってもそこになまえはいないのだろう。直感でそう悟る。 ずっと傍にいてくれたのか。ごめんな、守れなくて。気付くのが遅くなって。そう俺が言えば、なまえは頭を振った。 『留三郎は、助けてくれるって言ったもの』 「ああ」 『だから、ねえ、こっちに来て。水鏡の扉を開いて』 なまえと約束したのだ。昨日は、一緒に頑張ろう、一緒にこの村から逃げようと。そして先程、この村を、奴等を消すと。 きっとこの先になまえを苦しめたモノがあるのだろう。扉を開くとはどういうことか分からないが、なまえに促されるまま、水面へと手を伸ばす。指先が水に触れた。 世界が、揺れる。 いつの間にか閉じていた目を開く。暗くて真っ赤な世界。膝をついた状態からゆっくりと立ち上がれば、件の求導女が驚いたようにこっちを見ていた。その奥にはあの大きな化け物の姿。 「貴方、どうしてここに……」 これがゲームや漫画だったなら、恐らく此処が最終決戦だ。全部終わらせないとな。なまえとの約束を、果たすために。なまえが幸せになるために。 「なまえ」 大丈夫だ。返事が聞こえずとも、この目に見えなくとも、なまえはすぐ傍にいる。 それだけで、十分だ。 目次 ×
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