再会

(竹谷ごめん…)



この村に異変が起こって、およそ三十時間が過ぎた。
村には化け物が溢れかえり、村の外は赤い海に囲まれて、おまけに赤い雨まで降っている。空腹は感じるけれど食欲が湧く筈もなくて、水が飲みたかったけれど赤い水なんて飲む気にはなれなかった。
何よりも竹谷が心配だ。一緒に村を出ようとしていた竹谷は、数時間前、奴等に襲われたときにはぐれてしまった。竹谷は強いからきっと大丈夫、そう信じていたいのにどれだけ探しても見つからない。ずっと握ってくれていた手が今は何も掴めていないのが寂しくて、とても不安だった。
一休みしようと民家だったらしい建物へ入る。物音がしないことを確かめて、誰も入ってこれないようバリケードを築く。それでも安心できなくて押し入れの中に入り、ぴったりと襖を閉じて真っ暗になったところでようやく息を吐けた。



第2日/15:19:59



どれだけ眠っていたのだろう。腕時計を見ると、短針がほぼ真逆にあった。見張りもなしにこんなに寝てしまうなんて、と自嘲する。自分のことながらよっぽど疲れていたらしい。
さて、竹谷捜索を再開しよう。一緒に村を出ようと約束したのだから、向こうもきっと私を探している。面倒見のいい彼のことだ、ひとりで先に逃げてしまう筈がない。
耳を澄ます。物音はない。襖を少しだけ開けて何もいないことを確認、音を立てないように襖を滑らせると、そっと押し入れから出る。ついでに武器になりそうなバールのようなものがあったから拝借した。人様のものを勝手に持っていくのはどうかと思ったけど、こんな非常事態ならば許される筈だ。
寸分違わないままのバリケードをゆっくりと除去し、慎重に外を窺い家を出る。幸い奴等の姿はなくて、私は身を隠せそうな林の方へと足を速めた。

赤い雨は上がっていて、その代わり霧が出ている。視界が悪いことには変わりがないから、注意して歩みを進める。「竹谷、いる?」訊く声が小さくなってしまうのは、あの化け物が近くにいたらと思うと恐ろしいからだ。バールを何度も握り直し、周囲の音に注意し、そうして何事もないまま疲弊してきた、そのときのことだった。

「なまえ」

聞き慣れた、聞きたかった声。案外に近かったその声に振り返り、けれど私は、彼の名前を呼ぶことはできなかった。
血を失ったような肌の色。両の目からは血のような涙が流れた跡。お気に入りだったTシャツは、ぼろぼろになって薄汚れていて。いつも快活な笑顔を浮かべていたその顔は青白く、けれど、見間違える筈もなかった。
後退る私に、それはゆっくりと、奇妙な歩行動作で距離を詰めてくる。嫌だ、だけれど、逃げる気力は残っていない。からん、と手にしていたものが地面に落ちる音。ハッとして拾おうとしたところで、それが私の腕を掴んだ。つめたい、いやな感触。こわい、こわい、こわい、けれど、振り払えない。

「しんぱい、したんだぞ」

腕を掴む手に、徐々に力が入れられる。ぎりぎりと痛いけれど、そんなものよりも恐怖ばかりが勝ってしまう。恐る恐る顔を見れば、それは彼らしからぬ、にたりとした笑みを浮かべていて。もう片方の手が、ゆっくりと伸ばされた。

「もう、ひとりでどこかにいくなよ?」

ああ、これは、あのとき彼の手を離してしまった罰なのか。



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