失敗

初日/5:03:07

儀式は、失敗してしまったらしい。あの大きな地震で気を失ってしまった僕は、目を醒ましてすぐにそれを悟った。きっと地震からの災害で命を落としてしまったのだろう村人が、異形のモノへと変わり果てている。ここはきっと元いた世界ではない。村の入り口付近の道路は途中で崩れ落ち、その向こう側は血のように赤い海が広がっていた。村は山奥にあり、近くに海なんてある筈もないというのに。

「神様が、お怒りなんだ」

きっと儀式が失敗してしまったことで神様がお怒りになってしまった。だからこうして村ごと異界の地へと送られてしまったのだ。
どうしよう、僕のせいなのか。求導師である僕が失敗してしまったのか。身体が絶望に冒されたように震える。どうしよう、どうしようどうしよう。

「雷蔵さん。……いえ、求導師様」
「なまえ!」

そんな僕に声を掛けたのは、求導女であるなまえだった。「こんなものしかありませんが」修道服である赤いヴェールを外し、僕の肩に掛けてくれる。そのヴェールに温もりを感じることはなかったけれど、その優しさがとても暖かかった。
なまえに向かって手を伸ばせば、彼女がゆっくりと距離を詰めてくれる。縋りつく子どものように彼女を抱き締めると、落ち着かせるように彼女が頭を撫でてくれた。

「どうしよう、僕は、取り返しのつかないことを……」
「大丈夫ですよ、求導師様」

失敗しないように、何度も確認したつもりだった。儀式の手順もしっかり頭に叩き込んだし、必要なものも前日まで点検を繰り返した。『花嫁』だって、ああそうだ、『彼女』は何処に行った?何十年前に執り行われた儀式の失敗を繰り返さないように、しっかりと見張られていた筈なのに。まさか『彼女』が何かをしたのだろうか。一瞬姿を眩ましたときに、取り返しのつかなくなる何かを。
そんな僕の思考を止めたのは、なまえだった。優しい声色で僕の意識を呼び起こす。彼女の顔を見れば、彼女の目にはしっかりと僕が映っていた。

「『彼女』を探しましょう。すぐに儀式をやり直せば、きっと神も赦してくださいます」

そうか。やり直せば、いいのか。凛としたなまえの言葉が、すとんと僕の心に落ちる。失敗したならやり直せばいい。さっきまでの悩みはもう消え去って、僕の前には一本の道だけが延びている。ああ、なまえがいてくれてよかった。彼女が道を示してくれるから、僕は迷わずに済む。なまえがいてくれれば、彼女の言う通りにしていれば、僕は間違えなくていいんだ。
なまえの手をぎゅっと握る。「行こう」僕がそう告げれば、なまえはうっそりと笑った。

「頑張りましょうね、求導師様」

うん、がんばるよ。



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