帰郷

初日/2:18:34


墓参りのために里帰りをする、と零してしまったのが間違いだったのだろうか。何だかんだと理由をつけて同行してきた小平太がきょろきょろと辺りを見回すのを見て、私は溜め息を吐く。小平太はそれを気にしていないらしい明るい顔で振り返った。

「此処がなまえの育った村なのか?何か様子がおかしいな!」
「静かにしてよ、小平太。あんたが来たいって言ったから大人しくしてる約束で連れてきてやったんだからね」
「分かっている!」
「だからうるさい」

本当、どうして同行を許してしまったのか。額に手を当て溜め息をもう一度。やっぱり気にすることのない小平太に、私ははぐれないようにと何度も言い含めて歩き出した。
それにしても、確かに様子がおかしい。先程あった地震のせいだろうか。それとも何処かから聞こえたサイレンのせいだろうか。夜であるのと相まって、子どもの頃慣れ親しんでいた風景が何処か不気味に見える。
そもそもあのサイレンは何だったのだろう。災害を告げるためのものならば、避難する村人がいてもいいのに。妙に人気がないのも薄気味悪い。

「なあ、なまえ」
「なに?」
「なんだ、あれは」

商店街(幾つかの店が並ぶだけの寂れた場所だ)に差し掛かったところで、小平太が私の腕を引いた。その視線を追えば道路の真ん中に倒れている何かの影。あれは、ひと、だろうか。まさか轢き逃げかと、駆け寄ろうとした私を小平太が引き留めた。

「ちょっと、小平太……」
「逃げるぞ!」
「えっ、ちょっ、と?!」

どうして、と問おうとして、私はすぐにその理由を悟った。倒れていた人影が、ゆっくりと起き上がったのだ。その手に、猟銃のようなものを持って。
猟銃を持っているひとは、村ではわりと珍しくはない。猟友会があるからだ。但し、その銃口は、こうやって人間に向けられるものではない。
パァン、と乾いた音が響く。小平太が私の手を引いて走る。足が縺れそうになったけれど、私は必死でそれを追い掛けた。
おかしいのはあの人影だけではなかった。逃げる途中、遭遇したのだ。やけに青白い顔をしたおばさんが包丁を手に向かってくるのと。目から血を流したおじいさんが、鎌を振りかぶっているのと。獣とはまた違う、呻き声のような咆哮が、やけに気味悪かった。

どれだけ逃げただろうか。物置小屋らしい建物の裏手に飛び込んだときには、息をするのも一苦労だった。崩れ落ちるように座り込み、一向に整わない呼吸を繰り返し、両手で自分の身体を抱く。震えている原因は、確かに、恐怖だ。
なんだあれは。なんだあれは。けっしてひとではなかった。あれがひとであっていい筈がない。あの化け物は、一体、何なのだ。

「なまえ」

びくり、と身体が跳ねる。だけれど名前を呼んだのは小平太だ、怯える必要なんてない。私が顔を上げれば、小平太が私の身体を抱き締めた。

「安心しろ、私が守る」
「……小平太」
「墓参りが済んだら、一緒にこの村から出るぞ」

いつもより真剣だけれど、いつものように明るい声。あまりにも場違いに思えるそれは、私の心を落ち着けるのには十分だった。
きっとひとりだと、あの猟銃から逃げられなかっただろう。小平太が手を引いてくれなければ一歩も進めなかっただろう。この村に来なければこんな目に遭う筈もなかったのに、怨み言を言うどころか私を気遣ってくれている。それがとてもありがたかった。
な?と私の顔を見る小平太の笑顔に、私は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。ああ、此処に小平太がいてくれて、本当によかった。



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