幼馴染みについて

直子を探して森の中を進んでいた留三郎は、彼女の祖母の家までの道中に見知った狼を見つけた。「伊作、」声を掛けても振り向かない彼に、訝しく思いながら近付けば、どうやら気を失っているらしかった。こんな目立つところで、と留三郎は溜め息を吐く。他の猟師に見つかっていれば、きっと良い獲物になっていたことだろう。
つんつんと銃口で突けば、ううんと唸りながら伊作が反応する。うっすらと目を開いたと思えば、次の瞬間勢いよく飛び起き身構える様子に留三郎は苦笑した。彼に気付いた伊作が慌てて警戒を解くと、留三郎も銃口を下げる。
「何があったんだ?」
「ちょっと、落ち葉に足を滑らせた……んだと思う」
「相変わらずな奴だな」
「留三郎は直子を探しに来たの?おばあちゃんの家に行ったよ」
「やっぱりか……まったく、ひとりで森に入るなと言ってるのに」

だが伊作が一緒だったのなら、問題はなかったのだろう。不運とは言え狼の彼と一緒ならば他の害獣たちは寄ってこない。彼と同じ狼が襲う可能性はあるが同じ獲物は狙わないと伊作自身が否定したし、伊作が他の誰かと手を組むことは最早考えていなかった。
一応無事を確認しに行くかと件の家へ向かおうとする留三郎に、伊作が名を呼んで止める。

「留三郎は、直子が心配なの?」
「そりゃあ……幼馴染みだからな」
「そっか」

それがどうかしたのか、そう問うが伊作は何でもないと首を振る。何か言いたげにはしていたが、結局それを話すことはなかった。



留三郎が家の前に着くのと、直子が出てくるのはほぼ同時だった。留三郎の姿をみとめた直子は悪戯が見つかったときのように笑う。反対に留三郎は溜め息を吐き、「あまり心配かけるな」そう直子を軽く小突いた。

「ばあさんは?元気だったか」
「うん、いつも通りだよ」
「そうか」

留三郎は、直子の祖母と会ったことはない。いや留三郎が小さい頃は彼女も村へ訪れていたから数回はあるのだが、少なくとも猟師として森に入るようになってからはなかった。
誰とも会いたくないんだって、と直子から聞いたが、寂しくはないのだろうかとも思う。顔をあわせるのも直子しかおらず、ずっと森の中で何を思って過ごすのだろう。たとえば自分なら、面白い話など出来ないが、本人が話したがらないだろう直子の話くらいならば出来るのに。

「いつもどんな話をしてるんだ?」
「普通の話だよ。昨日は何をしたとか、留くんがどうしたとか、伊作くんは不運だとか」
「ふぅん……待て。伊作の話をしてるのか?!」
「大丈夫だよ、おばあちゃん、狼のこと好きだもん。いつか会ってみたいって言ってた」

耳を疑った。別に自分の話をされているのはよかった。多少脚色されてるに違いないが、構わなかった。だが狼の話は別だ。普通ならば心配するか怒るかする筈なのに。
それでも、直子は何でもないように答える。何もおかしいところなどはないかのように目を瞬かせる彼女は、それを疑っていないのだろう。だからきっとそれは、事実だ。




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