おばあちゃんについて

直子は今日も森へ行く。目指すは祖母の家だ。数日分の食材と、洗濯物を届けるために。それと一応、生きていることの確認に。
祖母は一人森の中の小さな家で暮らしている。そろそろ介護が必要な頃なのに、村へ来ないかと言っても首を縦には振らなかった。言い出したら聞かない人なのよと母は諦めていて、難しくなった家事や買い物の世話は直子に任された。直子は祖母のことは好きだから、それに反対することもなかった。
そんな直子に、祖母は赤い頭巾を渡した。これを被れば狼には襲われないからと、そんなおまじないのようなことを言いながら。赤い頭巾はとてもダサく感じたけれど、直子は言われた通りに被っていた。そのお陰なのかは分からないが、今まで危険はなかった。襲われなかったかと言われれば、疑問があるけれど。

「こんにちは、伊作くん」
「……こ、こんにちは」

地面に倒れこんでいる狼に挨拶をする。茂みから飛び出してきたのだが、そのとき何かに躓いて転んでしまったらしい。やっぱり不運な狼さん、直子は恐怖もなくそう思い、起き上がるのに手を貸してやる。
この狼は度々襲い掛かってきては、こうやって失敗に終わるのだ。何度も何度も繰り返した直子は、この狼に殺されることはないなと、そう悟っていた。だからこうも優しくできるのだ。

「今日もおばあちゃんの家に行くのかい?」
「そうよ。途中まで、一緒に行く?」

つい先ほどまで牙を剥こうとしていた狼は、途端ににこにこと柔らかく笑う。それに対して笑顔を返すけれど、何を考えているのか、直子にはちっとも分からなかった。分からなかったが、害がないなら、それでよかった。

「今日は、留三郎は?」
「黙って出てきちゃったから、後で追い掛けてきて怒ると思うよ」
「そっか」
「一緒に怒られようね」
「えっ。う……うん……」
「冗談なのに」

森の中を進みながら、和やかな会話は続く。幾つかの分かれ道を迷わず進み、祖母の家に向かう最後の分かれ道に辿り着くと、伊作がぴたりと足を止めた。

「じゃあ、僕は此処で」
「うん。留君に会ったら、おばあちゃんの家だって教えてね」

伊作が祖母の家まで着いてきたことはない。此処から先に足を踏み入れることは、群れの長に禁止されているらしい。どういうことなのか伊作にも直子にも分からなかったけれど、長の言うことは絶対らしい。
直子は伊作に見送られながら一人道を歩く。鳥の一羽も見掛けない静かな道。やっと見えてきた一軒家に、直子はぱたぱたとエプロンドレスの汚れを払く。木のドアをノックして「おばあちゃん、こんにちは」挨拶すれば、すぐに中からドアが開けられた。

「いらっしゃい、直子」

直子はこの祖母と、祖母の「いらっしゃい」が、好きだった。




目次
×
- ナノ -