少女と猟師と狼について 猟師である留三郎は目の前の光景に息を吐く。まったくふざけた光景である、と。目の前の二人は、否、一人と一匹は、その音に談笑を止めて留三郎へと視線を移した。心配を浮かべるそのふたつ分の視線に、 留三郎は更に深く溜め息を吐く。 「留くん、どうかした?」 「いいや、気にするな直子。まだ違和感があるだけだ」 「本当?気分が悪いなら、ちゃんと休むんだよ」 「本当だから、心配いらねえよ、伊作」 直子はともかく違和感の正体が何を言う、などとは言えず、留三郎はそう答えてみせた。本当、気分は正常だ。違和感を感じてない方が異常だっただろう。 尚も心配そうにする伊作に、留三郎は苦笑を零した。今更言えるものか。お前が年頃の少女とただ和やかに会話をしているなんて、どう見てもおかしいだろう、などと。 まぁ、自分が伊作を撃っていないことも、他者から見ればおかしいことなのだが。そう考えながら留三郎は伊作を見る。直子に話し掛けられぴこぴこと動くその耳は、人間とはまるで違う。 本当にまったく歪な関係だ。 留三郎は猟師であり、直子は少女であり、伊作は狼であった。 留三郎と伊作の出会いは、一月ほど前に遡る。 直子がまたひとりで森に入ったと聞き、危険が及ぶ前にとそれを追いかけた留三郎が見た光景は、あまりにもおかしなものだった。花畑の中、呑気に花を摘む直子と、その傍で気を失っている狼。聞けば木の根に躓き転んで頭を強打したという。とりあえず目を覚ましたら危険だから早く離れろと言い聞かせたが、その後もそういったことが五回ほど続いたところで留三郎もその狼を警戒するのを諦めた。 そしてある日、直子がいないところで、狼が倒れているのを発見した。兎か何かを追い掛けて失敗したらしい。狼が小動物一匹捕まえられないのかと呆れるとともに憐れに思い、自らの狩りで獲た獲物を分けてやった。そうしているうちに、この関係が出来上がったのである。 勘違いしてはいけないのは、別に伊作は人間を食べるのを諦めたわけではないということだ。相変わらず直子を食べようと狙っては、何らかの偶然で失敗に終わっているだけのこと。こうして仲が良さげにしているけれど、伊作の目は優しいものではなかったし、留三郎が銃を置くこともなかった。 いつでも撃てるようにはしているが、一方で留三郎は思う。 直子に牙が触れようとしたその瞬間、本当に引き金を引くことは、出来るのだろうか、と。 ← → 目次 ×
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