これからについて

直子が森の中の家に住むと言い出したことで、彼女の両親は溜め息を吐いた。そうなるとは思っていた。危険だと分かっていても、祖母が喰われたと知っていても、それを選ぶだろうと思っていた。
ただ留三郎が止めるどころかあっさりと受け入れたことは彼女の両親も驚いた。幼馴染みに対して過保護な部分のある彼が、「いいんじゃないか」とたった一言で許したことは驚愕以外の何物でもなかった。

「留くん、他人事みたい」
「一応他人事だからな」
「他人事じゃないよ。留くんも一緒に住んでくれないと」

そしてまたしても。
娘の問題発言に、母も父もどういうことかと慌てるしかない。仲のよい幼馴染みだと思っていたが、いつの間にか深い関係にまでなっていたのだろうか。面倒見はいいし猟師としての実力もついてきたしとてもいい少年だとは思うが、突然のことに混乱するなという方が無茶である。
留三郎はそんな二人の様子にその考えを悟りながら、どうしたものかと頭を悩ませる。御二人の娘さんは特に深く考えずに言ってますよなどと失礼なことを言える筈もない。かといって直子に撤回させるのも難しいだろう。幼馴染みの親とどうすればぎくしゃくせずにいられるだろうか。

「留くんも一緒にいてくれるなら安心だし、嬉しい」
「……そうか」

誰の思いも知らずそう照れくさそうに笑った直子に、留三郎は仕方ないかと溜め息を吐いた。





大人たちが綺麗にしてくれていたのだろう、直子の祖母のものだった家に、血の痕は残っていなかった。壁を見ればうっすらと血か何かも分からない染みがあったが、気になるようなら後日どうにかしよう。
そうやって生活の準備を整えていた直子と留三郎のもとに、こんこんとノックの音が飛び込んだ。来た来た、と明るい表情ではしゃぐ直子を手で制し、留三郎が一応警戒しながら戸を開ける。そうやって見えた姿に、留三郎もまた表情を緩めた。

「遅かったな、伊作」
「いらっしゃい、伊作くん。ううん、おかえり、かな?」

迎える二人分の声に、戸の向こうに立っていた伊作は緊張した面持ちだ。きょろきょろと中を窺いながら、それでも促されてそっと足を踏み入れた狼は、やっと嬉しそうにしながら「えっと……ただいま」はにかんで笑った。



end


 

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