わかれをつげる

私には好きなひとがいた。ずっと遠い昔の話だ。いつも私に想いを告げてくれていた、優しいひとだった。最初は何の冗談と思ったそれも、言われる度に私の胸の鼓動を早めるようになった。けれど愛だの恋だので想いを叶えられる時代でもなく、私は想いを殺しあのひとの想いを踏みにじっていた。その代償だろうか。生まれ変わって出逢ったあのひとは、あの頃のことなんて憶えていなかった。

「食満先輩」

いつもならば他人の目を気にしたことはなかった、寧ろ他人がいるときばかりに訪れていたけれど、今日ばかりはひとりのときを狙って声を掛けた。足を止めたこのひとは、またかと言いたげな目で私を見る。

「四年と半年が、経ちました」

これだけの長い間、このひとは私を拒絶することはなかった。私が想いを告げるだけの時間、言葉を遮らずにいてくれた。見知らぬ女に告白され、そのまま逃げていくのを許してくれたこのひとは、やはりいいひとなのだろう。
けれどこれ以上迷惑を掛けることも、許されないと思うのだ。私のせいで誰かに好き勝手言われているのを、私は知っている。このひとの優しさに甘えていたけれど、これ以上不快な思いをさせるわけにはいかなかった。
そもそもこのひとは憶えていない。なのにこのひとへ想いを告げるのは、あのひとの身代わりを押し付けているのに等しかった。それに気付いたのはずっと前で、本当はその時点でやめていなくてはいけなかったのだ。私はとても罪深い、馬鹿な女だった。

「あのひとの想いには届かないかもしれませんが、これで私の我が儘は終わりにしようと思います」

今まで叫んできた言葉はすべて餞としようと思う。ずっと昔のあのひとと、私の恋心への別れの餞。今日この言葉を以て、私はあのひとへの想いを言葉にすることをやめにする。このひとを身代わりにしてしまうのを、やめにする。

「私、相原憐は、食満先輩のことが大好きでした」




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