じゅんびきかん

中等部に入ったばかりの頃、まだ桜も散りきらないその日に、憐は私に宣言をした。

「三郎、私、食満先輩に告白するわ」

いつもと変わらない微笑みを浮かべてはいたが、その内心が痛々しいものであると私が分からない筈もない。だから、私の言葉を聞き入れないのは分かっていながらも、私は引き留めることはできないかとあえて憐の心を抉る言葉を紡ぐ。

「食満先輩は憶えていないだろう」
「いいの。自己満足なだけ。あのとき貰った想いの分、少しずつ想いを送りたいの」
「拒絶されたらどうする」
「そのときはもう想うだけにする。それ以上迷惑は掛けない。そう言ってきた筈よ」
「必ずお前が後悔する」
「分かってる。それでも決めたの。それに、泣いたら三郎が慰めてくれるでしょう?」
「……私は引き留めているだろう。泣いたら自業自得だ」
「三郎は優しいもの。だから私は甘えてばかり」

私の思いやりははたして憐の決定を変えることなどできそうにない。分かっていたそれを再認識するだけだったと深く深く溜め息を吐く私に、憐は申し訳なさそうにしながらも笑うだけだった。
「四年と、半年」憐の紡いだ言葉の意味はすぐに分かった。ずっと昔のあの日、憐が彼の人と出会って、彼の人が卒業するまでの期間。叶わぬ想いを育み続けたあの期間だった。

「それだけ伝えたら、ちゃんと、終わりにするから」

憐は、ひどく不器用だ。
前世の想いを捨てきれずにいるならば、それを叶えるために努力すればよかった。仮にもくのいちだった女なのだ、記憶のないあのひとでもそう時間を掛けずに落とすことができただろう。あのひとに恋をさせ、愛へと育て上げ、そしてずっと隣で笑っていられただろうに、憐はそれをしようとしなかった。答えることが出来なかった分だけただ叫ぶ道を選んだ。
それをしたいと言ったのは自身だというのに、きっとこれから何度も泣くのだろう。それで折れるならばまだいい、折れるどころか真っ直ぐ立ち続けるに違いないことが、それを分かっていながら何もしてやれないだろうことが私の心をじわじわと苦しめた。





「三郎、行ってくるね」

けれど、それも、今日で終わりだ。
我々は高等部二年生になった。春が終わり、夏が過ぎ、秋を迎える季節になった。
憐が決めたその期限、その最終日が、今日だった。




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