あのひのことば

相原のことを気にする伊作は、しかし優先するのは当然留三郎なのだろう。相原自身のことは嫌ってはいないだろうし、今の状態が迷惑ということもないようだが、留三郎が不快に感じていれば相原にそれを告げることも厭わない。それは親友としても正しい姿であり、そうなったときに責める道理もつもりも私にはない。
だが折角のこと、世間話程度になら聞き意見してもいいだろうと、伊作の話に耳を傾けていた。

「別にさ、僕はどっちでもいいんだよ。留三郎と相原さんが付き合おうと付き合うまいと」
「ほう?」
「ただ、このままだったら後悔する気がするんだ。……留三郎が」
「どういう意味だ?」
「分からない、けど」

そう思うんだ、と複雑そうに呟く伊作に、私はそうかと相槌を打つ。なるほど面白い。勘という奴か、それとも奥深くに眠っている前世の記憶がうっすらと甦ったのか。恐らくは前者だが、そういった因縁がないとも言い切れないだろう。そう思うのはただの希望だと知っている。

「だが、そうだな」

それでも、因縁を望むのは私だけではない。相原や鉢屋もまたそれを願っている筈だ。だからこそ愛の言葉を紡ぎ、それを見守っているのだろう。いつかの想いを胸に抱いて。
我々は程度に差はあれど前世の記憶に囚われている。私のそれは今言及する必要もないから置いておくとして、相原の抱える過去は私もそれなりに知っていた。

ずっと昔、あの学園で愛を叫んでいたのは男の方だと聞いたら、伊作は驚くだろうか。
あの頃の食満留三郎という男は、あらゆる意味で真っ直ぐだった。それはもう、周囲の失笑を買うこともあるくらいに。何度も想いを告げ、何度もつれない態度を取られ、それでも止めなかったほどに。
馬鹿みたいに真っ直ぐだった男が、気が付いていたはずがない。いつしか相原の瞳が揺れていたことに。それでも感情を殺して首を振り続けていたことに。あの頃は好きや嫌いなどといった感情で関係を結べるものではなかったというのに、それを顧みない真っ直ぐな言葉のなんと残酷なことか。
許される世になったときには失われたそれの、なんと残酷なことか。

「皮肉なものだな」
「え?何が?」
「それを何より望んでいたというのに、それを忘れるなど馬鹿な男だ」
「……それ、留三郎のこと?」

さてなと肩を竦める私に、伊作は不服そうにしつつも口をつぐんだ。追及は諦めるのだろう。前世に関することを除けば話せることもあまりないのだから、その態度を咎める筈もない。
私はひとつ息を吐く。もし因縁というものがあるのならば、留三郎の先にあるのは何だろうか。相原の想いが届けばいいとは言わない。伊作の言うように悔いが残る未来でなければいい。そう願う程度に、食満留三郎は過去も現在も私の友だった。




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