かのじょのこと

「私、二年二組相原憐は、食満先輩のことが大好きです」

そう言って走り去っていく女の子の背中を、留三郎はいつものことのように見送るだけだった。まるで仙蔵がやるようなその態度はちょっと腹立たしいけど、まぁ、本当にいつものことなんだから仕方がないのかもしれない。彼女は毎日毎日留三郎に告白しているから。
彼女の名前は相原憐、後輩の二年生だ。クラスは二組で鉢屋たちと一緒、仲もいいらしい。成績も人並み以上らしく、貼り出される学年順位はいつも上の方に名前を乗せている。そしてこの人目を憚らない告白で、変わり者の多いこの学校でも何かと有名な子だった。

「今日も来たね」
「そうだな」
「返事、してあげないの?」
「する前に帰っちまうだろ」

興味がなさそうに答えて漫画雑誌に目を落とす留三郎に、僕ははぁと溜め息を吐く。追いかけないってことは、応える気はないってことか。ちゃんと断るのも優しさじゃないかなと思いながらもそうは言えないのは、もしかしたら彼女の想いが叶ってほしいからなのかもしれない。



相原さんは、僕らが中等部二年生のときから今の高等部三年生までずっと留三郎に告白を続けていた。休日は除いて毎日毎日、休日も留三郎が部活の試合のときは差し入れのスポーツドリンクとともに応援に行っていた。そうまで言うと一途を通り越してストーカーか何かじゃないかと思うけれど、迷惑行為をされたことはないというから変わった子なだけで問題はないんだろう。

「まあ、確かに直接的な害はないだろうな」

僕の考えを聞いていた仙蔵はそう頷いた。けれどその言葉に何か含みがある気がして、僕は首を傾げる。どういうことかと態度で問えば、仙蔵は首を振ってあっさりと答えた。

「気にするほどでもない。他の女生徒からの声が掛かりにくくなっているとか、その程度だ」
「一般の男子生徒からすれば死活問題だよ」
「もともと無かったと思っておけ。もしくはお前の不運が原因だと」
「余計に嫌だよ」

僕が言い返せばくつくつ笑う仙蔵は、思い違いの筈もなく楽しんでいた。
確かに僕らは女の子とはあまり縁はないけれど。彼女のせいだと思うこともできない僕が溜め息を吐けば、仙蔵は愉快そうに笑みを浮かべ更に言葉を続ける。

「安心しろ。あいつにお前たちの……留三郎の迷惑になるつもりはない。迷惑ならそう言えば、きっとあいつは止めるだろうよ」
「……仙蔵、あの子と仲良いの?」
「少し知った仲だというだけさ」

肩を竦める動作がよく似合うなあ、僕はそんなことを考える一方で驚いていた。仙蔵が女の子と仲良くなるのは珍しい。勿論それは僕とは別の理由なんだけれど。仙蔵と相原さんの接点は想像できず、一体どういう関係なのだろうとまたひとつ彼女を不思議に思うが、深く追及することでもない。
代わりに仙蔵の言葉を思い返す。迷惑だと言えば、あの告白を見ることは終わってしまうのか。彼女の声を、恥じることはないとばかりに人目を憚らない恋の言葉を聞くことがなくなってしまうのか。
それは何故か、とても、悲しい気がした。


 

目次

×
- ナノ -