あいをさけんだ

公園に呼び出す、数日ほど前。想いを告げると決めたのは、相原憐が友人らしい男子生徒と笑って話をしているのを見かけた日だった。平気だと思っていたけれどそんなことはなかったと、胸に渦巻くもやもやとした感情が嫉妬だと気付いたときにようやく理解した。
どうにかまた彼女の言葉がほしくて相談したのは親友の伊作だ。相原憐のことが好きだと伝えたときの伊作の顔は何とも複雑そうだった。優しい親友は心配してくれていたんだろう。黙っていたことは申し訳なかったため、それとあわよくば協力をしてもらうために、追及にはすべて正直に答えた。何故かその場には仙蔵もいたが口の軽いやつでもないため気にしないことにしていた。

「僕にくらい教えてくれてもよかったじゃないか」
「すまん」

ある程度納得できたのか伊作の呆れ声に、何度目かの謝罪を口にする。そして深い溜め息。これで話は一段落したのだろう。次になんとか協力を頼めないかと言い出そうとしたところで、次に口を開いたのはずっと黙っていた仙蔵だった。

「それで、どうしてお前を通して別の奴を見ているなどと思ったんだ?」
「あ、ああ。……前に喧嘩を売られてな」

仙蔵から質問があるとは思わなかったが、答えられないような質問じゃない。俺は記憶を辿りながら答える。
中学三年生の頃だった。すれ違った他校の生徒に絡まれたのだ。名前まで呼ばれたから俺のことだと思ったが、見覚えのない奴だった。売られた喧嘩は買うつもりだったがさすがに知らない奴相手に本気は出しづらい。よって『誰だお前』と問えば、相手は狐に摘ままれたような顔をして、それから苦々しい顔で人違いだったと謝ってきた。よく似た知り合いがいたのだと、過去形だったのが妙に気になった。
名前まで同じよく似た男がいた。よくある名前ではないと思うが、ありえない話でもない。ただ漠然と、不安のような感情が拭えなかった。そういう思いを抱えているときに相原の告白があって、確信はないのに納得した。その視線の先にいるのは俺じゃないのだと。その声が紡ぐ名はきっとその男のもので、俺のものではないのだと。

「……待て。そいつの名前は聞いたか?」
「は?」

仙蔵の次の質問は予想外すぎた。そこははたして必要なことだろうか。それでも真剣な目に記憶を辿る。あれきり会ってはいないが印象は残っていた。その際名乗られた名前もだ。

「確か……潮江、とか言ったか」
「どこの学校だ」
「大川の制服だった気がする、っておい、何を怒ってるんだ仙蔵は」
「怒ってなどいない」

俺が知る仙蔵はクールな男だった筈だ。潮江という男の何が仙蔵を揺さぶったのかは分からないが、不敵に笑う仙蔵の逆鱗に触れたわけではないのなら安心していいのだろうか。潮江の無事を祈ってやるべきなのか。

「ところで相原と話したいのだったな。よし、私が協力してやろう。本人に直接言うより間接的に呼び出した方がいいだろうな。鉢屋に話をつけてやる」
「は?」

しかし妙に上機嫌になった仙蔵の言葉に、そんなことは飛んでいってしまった。唖然とする俺に構わず仙蔵は携帯電話でメッセージか何かを認め始める。
ちょっと待ってほしい。知り合いだったのかとか間接的にってどういうことだとか聞きたいことはあったが、俺を置いて進めないでくれ。
しかし何故か乗り気になった伊作と、呼び出された鉢屋三郎との三名により舞台は整えられる。俺が何をするでもなく相原と向かい合ったときはこれでいいのだろうかと思わないでもなかったが、相原が色好い返事をくれたのだから、よかったんだろう。



「上手くいったの?」
「ああ。ありがとうな、伊作」

翌日。校門で報告を待ち構えていた伊作に感謝を告げると自分のことのように喜んでくれた。本当にいいやつだ。でも多分またすぐに呆れさせることになるんだろう。先に謝っておくべきだろうか。
そう考えていた矢先、昇降口にその姿を見つけて間に合わなかったと気付く。やや遠巻きに彼女を見ている生徒が多いのは、彼女が誰かを待っていると考えたのだろう。不本意ながら、有名なので。

「食満先輩」

彼女の声に、周囲の視線が俺にも集まる。察したらしい伊作がそっと離れていったが止めはしなかった。見知らぬ顔も多い生徒の注目を浴びるのはどうも心地が悪いが、一歩一歩距離を縮めて、相原としっかり向き合う。

「わ、私、二年二組相原憐は、食満先輩のことが、大好きです」

ざわめく野次馬なんて、気にならなくなる。ただ相原の恥じる表情と、それでも真っ直ぐに向けられた視線だけが俺の視界を占めていた。
そういえばこんな表情ですら、目を逸らし続けてきた。勿体無いことをしてきたものだ。その言葉も表情も、今後はひとつも逃したくないなと思う。

「俺も。三年三組食満留三郎は、相原憐のことが大好きだ」

そのためにも宣言しよう。より一層頬を赤らめる相原が走り去らないようにその手を握り締めて、恥ずかしさから速くなる鼓動には気付かない振りをした。
周囲のざわめきが大きくなる。内容までは分からないが、今までやってこなかった俺の対応のせいだろうとは予想がつく。後でクラスメイトに冷やかされたり質問されたりするかもしれないが、今後はこのやり取りが続く予定なので周りには慣れてもらいたい。

相原が言葉をくれた分、俺もまた言葉を返す。
俺から想いを告げたなら、きっと相原が返してくれる。
そうしていつか相原が想い続けた誰かより、俺の存在が大きくなるように。
此処からひとつひとつ、重ねていくのだ。


 

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