えんちょうせん

そんな筈がない。
だって、このひとは私に迷惑を掛けられ続けたのだ。
私は知っている。あんな告白をしていたら、他人には面白おかしく映るのだと。いろいろな噂を立てられて、ろくに知らない輩にも嗤われることがあるのだと。
私も経験したことがあるのだから、知っている。私の場合はあのひとを好いてしまったからどんなことも受け流せたけれど、そうなる前はひどく苦痛だったから。その原因を恨んでもおかしくはないと、知っている。
それなのに、このひとは何を言った。まるで私に恋の想いを打ち明けるようなことを、その真摯な目で。
傷をつけ続けてきた愚かな私に、そんな想いを抱く筈がないというのに。

「言っておくが、気の迷いなんかじゃないぞ」

私の困惑を察したのだろう。先輩は言う。
柔らかな声は聞き馴染みのないものだ。そもそもこうやって会話を交わすというのも殆どはじめてだった。ますます自分のやってきたことは自己満足だったと感じる。それを否定するつもりはないが、それ故にこのひとの言葉をにわかには信じられなかった。

「俺に愛想を尽かしきって、顔も見たくないのなら、断ってくれていい。今度は俺が毎日告げればほだされてくれんこともないかと考えてはいるが、同じことを繰り返すには時間も足りないしな」

時間。卒業までの時間ということだろう。今まで無理矢理にでも毎日のように顔を合わせられたのも、同じ学校の敷地にいたからこそだ。卒業したら大学に行くらしいこのひとと、顔を合わせる機会なんて滅多になくなってしまうだろう。
そこまで考えてようやく脳裏に浮かんだのは、後悔だった。
前世。あのひとが学園を去ってから、私が死ぬまでの間、ずっと抱えていたものだ。三郎と過ごす日々は楽なことばかりでなかったけれど、幸せではあった。そのことに後悔はなかった。けれど、あのひとの恋を受け取っていればどうだっただろうと考えてしまうことは何度もあった。胸を空虚にさせたあの感情は、後悔だったと知っている。
もう後悔したくないと今世で思う存分告白をしてきた筈なのに、結局私は悔いているのかもしれない。ここでこのひとの手を取らなければ、きっと同じことの繰り返しだ。あのひとの身代わりにしていたのは確かだけれど、それでも私は。

「同情でもなんでもいい、俺への情があるなら頷いてくれ」
「……それは」
「今日一日だと決めたから、卑怯なことだって言うぞ」

あの自己満足の日々は、あのひとへの想いを少しでも返すためのものだった。それなのにこのような感情を抱いてもいい筈がないと目を逸らしていた。あのひとの想いを再度踏みにじっているような気がして、認めようとしてこなかった。

告白は一日一度としておきながら何度でも姿を探していた。その好みに近付きたいと思っていた。拒絶の言葉を聞くのが怖かった。
まだ、この胸に宿っている感情は僅かな芽でしかないのだろうけれど。
あんな迷惑な行為を許し続けてくれた優しいひとを、好きにならない筈があるだろうか。

風が吹く。そろそろ冷たくなってくるそれは、どうしてかあたたかく柔らかい。どう答えようか迷っていた筈なのに、それに背を押されるようにして口を開く。
込み上げてきた涙は、瞬きで押し留める。どんな意味の涙であろうと今このときは泣き顔なんて見せたくはなかった。どんなに下手でも、笑顔で言いたかった。
声は震えて聞きづらいものになるだろう。言い慣れた筈の言葉はなかなか出ようとしてくれない。それでもこのひとに伝えたくて、私は緊張を飲み込み声を上げた。

「私、相原憐は、食満留三郎先輩のことが……あなたのことが、好きです」

まだ、あのひとへ対する想いほどの熱量はないかもしれないけれど。
それ以上になればいいと願う私のこころが、少しでも伝わればいいのに。




目次

×
- ナノ -