わからぬきもち

憐が告白をやめて、一週間が経つ。
そのことは学校内でも密かに話題になっていた。食満先輩にいい加減にしろと怒られたのか、はたまた愛想を尽かしたのかと様々な憶測が飛び交っている。前者はともかく後者はないだろうなと思うのは、憐に元気がないことが原因だ。
俺はどうして憐が食満先輩のことを好きになったのか、よくは知らない。ただの一目惚れというわけではなさそうだし、見つけたとか何とか言っていたから子どもの頃に出会っていたとかそういう話なのかもしれない。まあ、好きになった経緯は置いておく。俺が気になっているのは、今のことだからだ。

「……今日も行かないのか?」
「行かないわ。もうお仕舞いにするって決めたもの」

自習の時間、わあわあと騒がしい教室で黙々と課題プリントを進める憐に何度目にもなる質問を投げ掛ければ、憐はいつも通り頷いた。このやりとりがいつも通りになってしまうなんてちょっと前の俺は考えてもなかっただろう。

「でも、まだ好きなんだろ?」
「だからこそ引くこともあるのよ。ハチには分からないかもしれないけど」
「……今、馬鹿にした?」
「いいえ。男女の違いってやつよ」

憐はにっこりと笑ってみせるが、その笑顔は嘘くさい。悲しいなら悲しめばいいのにと思うけど、憐に言えばこれもまた男女の違いだと言うのだろう。そんなわけあるかと突っ込めないのがつらいところだ。

「告白してる憐、俺は嫌いじゃなかったのになぁ」
「ハチにそう言われてもねぇ」
「そりゃそうだけど」
「ふふ、心配してくれて、ありがとう」

柔らかに笑いながら、俺の心配は突き放される。それ以上の追及は許されないようで、俺はせめてと「何かあったら言えよ」意味はないだろう言葉と溜め息を吐いた。

「憐、今いいか」
「いいも何も自習時間中よ、学級委員長」
「隣の教師が乗り込んできてからが勝負だろう」

離れた席にいた筈の三郎が、いつの間にか隣の席にいた。本来の隣人は後ろの方の席のクラスメイトと盛り上がっていて、席を奪われたことにも気づいてなさそうだ。
声を掛けてきた三郎と憐の会話は続く。このふたりの関係も俺にとっては謎だった。俺がふたりと会ったときには既に仲が良く、友達だと言うが思いの外親しげで距離も近い。社会見学なんかでグループを作るときは当然のように一緒に行動するし、このふたりをはじめて見た奴は付き合ってるのかと誤解するだろう。
いっそ三郎と付き合えばいいんじゃないかと思うけど、そんなことを言えばふたりは揃って首を振る。こいつはそういうのじゃないのだと互いを指差し声を揃えて、それから顔を見合わせて笑うのだ。
やっぱり付き合ってんじゃないのかと呆れたとき、いつだったか勘右衛門と兵助の会話を思い出す。『あのふたり、長年連れ添った夫婦みたいな会話するよね』『阿吽の呼吸ってやつかもしれない』指事語だけで会話が成り立つほどだったりタイミングがピタリと合うその関係はふたりの否定する恋人同士の比ではないというのに、なんとなくしっくりくるなと、そう思った。

「……なぁ、やっぱりお前ら付き合えば?結婚してもうまくやっていけそう」
「それは同意だわ。三郎との結婚はあり得ないけれど」
「まったくだ。憐を嫁にするとしても、どうしても結婚しなければならない事態に陥ったのにどれだけ探しても妥協しても相手が見つからないときの最後の手段だな」
「ふふ、三郎なら素敵なお嫁さんを見つけられるわよ。披露宴のスピーチは任せてね」
「新郎の友人枠は普通男だぞ」
「安心して。私が狙うのは新婦の友人枠か仲人枠よ」

ぽんぽんと言葉を交わしながら笑いあうふたりに、置いてきぼりにされた俺は諦めてそろそろプリントと向き合うことにした。分からない問題はあとで憐に教えてもらうことになるけど、自分で考える努力はしておかないとただただ冷ややかな目をされて諭されてしまうのだ。それは避けたい俺はプリントをじっと見て溜め息を吐いた。理解できないのは三郎と憐の関係だけにしてほしい。




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