あまいひと

三治郎は竹谷先輩が僕たちに甘いと言ったけれど、くのたまであるなまえ先輩も相当だと僕は思う。

「一平、孫次郎、他の皆は?」
「竹谷先輩は実習で遅くなるそうです。そして孫兵先輩はペットの毒虫のお世話で、」
「は組のふたりは補習中ですー……」
「そっか。お土産買ってきたんだけどなぁ」

なまえ先輩は元々竹谷先輩のお知り合いだったらしい。それと動物好きであることから度々生物委員会にいらっしゃっては手伝いをしてくださっていた。
動物に優しいなまえ先輩は、僕ら一年生にも優しく接してくれる。優しくというか、ひたすらに甘やかしてくれると言った方が多分正しい。勉強や実技の練習をしていると懇切丁寧に教えてくれるし、町に出れば必ずお土産を買ってきてくれる。遠慮すると上級生らしからぬ寂しそうな顔をして、ありがたく頂戴すればにこにこと微笑まれる。僕以外の一年生は皆懐いていたし、僕だって、その、皆と一緒かもしれない。

「どうしようか、先に食べる?それとも待ってる?もしくは、皆に内緒で三人で食べちゃう?」
「皆で、食べたいです……」
「孫次郎ったら、いいこ」

ううん、と悩んだ様子を見せてからなまえ先輩は悪戯っぽく問うてきた。その手にある有名なお団子屋の包みは、どうみても三人で食べきれる大きさじゃない。孫次郎が冗談でも三人で食べるなんて言い出さなくてよかった。お団子は好きだけどさすがに限度はあるし、もっと言うなら先輩たちとついでには組も一緒の方が、なまえ先輩はもっと喜んでくれるだろうから。
孫次郎の返答を聞いたなまえ先輩はにこにこしながら孫次郎の頭を撫でる。嬉しそうな孫次郎を眺めていれば先輩に手招きされて、近付けば僕も撫でられた。別に羨ましかったわけじゃないんだけど、でも、嫌じゃないからそのままされるがまま。素直じゃないなぁとか、孫次郎、うるさい。

「じゃあ、皆が来るまで何しようか。さすがに竹谷がいないと生物たちのお世話は出来ないし」
「日陰ぼっこ、したいです……」
「孫次郎は本当に日陰ぼっこが好きなのね」

いいよ、とふたつ返事のなまえ先輩を孫次郎が引っ張っていく。普段は引っ張られる側のくせになまえ先輩と一緒のときばかりはああなのだから、わざとじゃないとはいえ孫次郎も質が悪い。先輩に気を遣うことも出来ないし、は組もろ組もこれだから駄目なんだ。なまえ先輩だって叱ってもいいのに。
木々の陰に足を踏み入れる孫次郎は、そのあとに続いたなまえ先輩の手をぎゅっと握って相変わらず血色の悪い顔で笑う。なまえ先輩はそれに笑い返すと、僕を振り返った。

「一平もおいで、涼しいよ」

なまえ先輩に手招きまでされては、断るわけにもいかない。僕も木陰に入ると、先輩たちから少し離れた場所に座る。木の幹に背を預けるように座るなまえ先輩の右腕には孫次郎が寄り掛かっていて、すっごく迷惑なんじゃないだろうか。にこにこと笑顔を絶やさない先輩はやっぱり少し甘いと思う。

「一平、もっとこっちに来ない?」
「ぼ、僕は此処でいいんです」
「でも、私の左腕が寒いのよ。一平が近くにいてくれるとありがたいのだけど」

甘過ぎると、思う。
僕は少し悩んで、ためらいながら、腰を上げた。

「……し、仕方なくですからね」
「ありがとう、一平」

寒いなら、仕方ないもの。本当に素直じゃないとか、だから孫次郎、うるさいってば。
なまえ先輩の横に座り直して、僕はなるべく重みを掛けないように寄り掛かる。先輩が笑い声を零して僕の手を握るから、ほんの少しだけ握り返した。先輩の手の方があたたかいのは、考えないことにして。

「竹谷たち、いつ来るかしらね」

そんななまえ先輩の言葉に、孫次郎はもう少しこのままがいいなぁとか思ったんだと思う。曖昧な相槌みたいなことしか、声にしなかったから。
そして僕が口にしていたのも同じような音で、だから僕も、やっぱり、孫次郎と一緒なのかもしれなかった。


   

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