幸せなとき

尾浜くんに告白されたのは十日前のことで、お付き合いが始まったのは七日前。一緒に朝ご飯を食べるようになったのはその次の日から。町に行こうと誘われたのは三日前で、その約束の日が今日、だった。
精いっぱいのお洒落は同室の子とタカ丸さんの手によるもので、慣れない髪型が崩れないかと心配しながら待ち合わせ場所に向かう。余裕を持って来たはずなのに門の前には既に尾浜くんがいて、私に気付くとにっこりと笑顔になる。
その笑顔がとても眩しくて、私は一度目を伏せてから笑顔を返した。ぎこちないものになってないかしら、なんてそんなことを心配しながら。

「待たせちゃったかな、ごめんね、尾浜くん」
「ううん、全然。俺も今来たばっかりだし。それになまえちゃんなら遅刻だろうと幾らでも待つよ!」
「それは悪いから遅れないようにするね」

相手が誰だろうと待たせるのは好きじゃないから、と思って告げると、にこにこと崩れない尾浜くんの笑顔が一瞬固まったように見えた。けれどすぐに「そっか、嬉しいな」と返してくるから特に問題はない、のだろう。

出門表に名前を書いて、私と尾浜くんは学園を出る。町に向かう道中も尾浜くんが楽しい話をしてくれた。私が出来る話は授業で失敗したことや後輩から可愛い小物をもらったことくらいだったけれど、どんなつまらない話も楽しそうに聞いてくれた。
町に着けば尾浜くんがお勧めのうどん屋さんに連れていってくれて、そのあとは町を散策した。見つけた店では互いの髪紐を選んで贈りあった。尾浜くんがうんと悩んで選んでくれた薄い桃色の髪紐、大切にしようと思う。
くのたまに人気の団子屋さんでみたらしとよもぎを分けあって、夕暮れ時に帰路を辿る。「今日は楽しかった?」尾浜くんの言葉に頷いて、「とても」と言葉にした。そんな短い言葉にすべてを籠めることは出来ないけれど、尾浜くんは「俺も、すっごく楽しかった」そう笑った。

「なまえちゃんを美味しいうどん屋さんにつれていけたし」
「うん。本当に美味しかった」
「髪紐、選んでもらえたし」
「大切にするね」
「俺も。お団子も一緒に食べて、半分こできた」
「美味しかったね」
「本当に、なまえちゃんと一緒にいれて幸せ」

そんなことを言われたら、顔に熱が集まってしまう。私が目を逸らしてしまったら、尾浜くんが「本当のことなのに」拗ねたような声色で言った。誤解させちゃったかと頭を振って「恥ずかしいの」と伝えれば、途端に彼は笑顔に戻る。

「俺ね、なまえちゃんが思ってる以上になまえちゃんが好きだよ」
「あ……ありがとう」
「俺の気持ちに応えてくれたときには死んでもいいと思えたし、朝おはようって言ってくれると一日頑張れる。今日の約束をしたときも本当にどきどきしてた」
「そう、なんだ」
「なまえちゃんが俺の名前を呼んでくれると、幸せだなって、思う」
「……私も、尾浜くんが笑ってると、嬉しいよ」

恥ずかしさで殺す気かしら、そう思わせる言葉を受け取りながら、尾浜くんの笑顔を見つめる。彼に想いを告げられて、はにかむそれを見たときに、きっと尾浜くんは特別なひとになっていた。すぐには答えは出せなかったけれど、私の名前を呼ぶ尾浜くんの声や会話の中で見せる表情を思い出せばもう選択肢なんてひとつしかなかった。
私だって尾浜くんのことが好きなの、それが伝わりますようにと期待をこめて、気持ちを告げる。そうすれば尾浜くんのまんまるな目が更に丸くなって、それから困った風に笑う。

「……なまえちゃんは本当に、俺のことどきどきさせるね」
「え?」
「朝だってそうだよ。また待ち合わせしてくれるってことだろ?そういうつもりじゃなかったとしても、そう受け取って、喜んじゃった」

朝、どんな会話があったっけ。そう振り返れば、そう読み取ることもできなくはないことを言った気がする。けれど意識はしてなかったから、また待ち合わせをすることを当然だと無意識のうちに思っていたのだろう。それに気付くととても浮かれているのだなと恥ずかしく思う。

「……じゃあ、次に尾浜くんがどきどきすることって?」

でも、尾浜くんがどきどきしてくれるならいいか。私ばかり緊張するなんて不公平だもの。尾浜くんにはもっとどきどきしてもらわないと、そう決意して問う私に、尾浜くんはううんと悩んでからぽつりと答える。

「『勘ちゃん』って呼んでもらうことかな」
「……勘ちゃん」

やっぱりすごくどきどきする、照れたように笑った尾浜くんに、もう一度「勘ちゃん」繰り返す。勘ちゃんと呼ぶ度に私もとてもどきどきしてるけれど、それは悟られていないといいな。
名前を呼びあって、私たちは学園へゆっくりと歩く。まだ手も繋いでいなくて、お互いについて知らないことも多くて、きっとまだまだどきどきすることは沢山あるのだと思う。けれどゆっくりでいい。そのひとつひとつにふたりでどきどきしながら日々を重ねていけるなら、それは何より素敵なことだと、思う。


   

目次

×
- ナノ -