05

「内村、潮江、少しいいか?」

入学から数日後、部活動見学をしていた千鶴とそれに付き合っていた文次郎を呼び止めたのはふたりのクラスの担任教師だった。立花先生、と千鶴がその名を呼べば、文次郎は彼女が気付かない位置で複雑な顔をする。仙蔵の浮かべる微笑は女子生徒に評判のもので、千鶴もまた悪印象は抱いていないのだろう、何処か嬉しそうに「どうしましたか」彼へと向き合った。

「いやなに、部活動の見学中だろう?少し頼みがあってな」
「何でしょう?」
「我が校には強豪と呼ばれる男子バレー部があるのだが、高いレベルを維持するためにハードな練習を重ねていてな。それを支えるマネージャーを募集しているらしい」
「マネージャー、ですか」
「しかし顧問の七松先生が、それを部員募集のポスターに記載させるのを忘れていたらしくてな。そこで内村、よかったら一度だけでも見学に行ってやってくれないか」
「私がですか?」
「ああ。勿論無理にとは言わないが……内村は面倒見が良さそうだからな、向いていると私は思う」

顧問の名に文次郎がますます複雑そうにするが、千鶴は気付かないし仙蔵は無視をする。しかも喜車の術かと文次郎は昔の記憶を掘り起こし、溜め息を吐くのを抑えていた。言われた本人も悪い気がしないらしく、照れを隠すように首を振る。隠せているわけもないが。

「ええと……考えて、みます。とりあえず、見学くらいは」
「すまんな。どうしても無理そうなら友人にでも声を掛けてやってくれ」

最後にまたその整った顔立ちを最大限に活かした微笑みを作る仙蔵に、千鶴はこくこくと頷いた。過去の彼女を憶えている身としてはある意味恐ろしいなと考える文次郎は、仙蔵の視線が自身へと移され身構える。その微笑みが愉快気に深められるのを見て、また面倒なことかと眉を顰めた。

「……それと、潮江は生徒会に入ってくれるんだったな」
「な……?!」
「え、そうなの?」
「早速顔合わせをしよう。というわけで、借りていくがいいか?」
「あ、どうぞどうぞ」

文次郎と千鶴の隙間に体を入れ、千鶴に見えない角度で鳩尾に一撃。有無を言わさずあくまで自然な動作で文次郎を連れていこうとすれば、当然疑問も抱かず千鶴は送り出した。きっとこのあと千鶴は言われた通り男子バレー部へ見学に行くのだろう。千鶴に声が届かぬ程度に離れたら、文次郎は疲れたような声で呟いた。

「……お前な」
「チャンスくらいくれてやれ。それをモノに出来るかは小平太次第だが 」
「そっちもだがそっちじゃねえよ!」

なんでいきなり生徒会なんだと追及すれば、仙蔵は当然のように「私が顧問だからだが」答える。丁度雑用係が欲しかったと続ける彼に、文次郎は深く溜め息を吐いた。事後承諾どころの話じゃない。

「お前それでも教師か」
「何を言う。私たちは友人だろう?」
「友人を雑用係にしてんじゃねえよ」

それと聞きたいこともあるしな、いやむしろそれが本題であるべきだ、そんな会話を続けながら、それでも結局は許容する文次郎に、変わらんなと仙蔵は目を細めるように笑った。




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