04

なんだか様子がおかしいわ、と文次郎を見て千鶴は思う。いつもなら校長先生のつまらない話を馬鹿みたいに真面目に聞いているのに、この入学式においては何処となく落ち着いていない。さすがの文次郎も高校の入学式となればわくわくするのか、いやまさかそんなわけがないと思いながらも、千鶴には答えが見えなかった。
せめてその視線の先は何処にあるのかと目で追ってみれば教師らしい集団に辿り着く。先程校門の前にいた教師が落ち着きなく首を動かしていて、次の瞬間隣の教師に注意を受けたようだ。何やってんのかしら、苦笑が洩れる。それを隣の生徒に悟られる前に壇上に立つ校長へと視線を戻した。ようやく話が終わりそうだ。
それから新入生代表の挨拶やら祝辞やら祝電やらと長く感じる時間が過ぎて、やっと式が終わればこれから一年間を過ごす教室へ移動する。文次郎が渋い顔をしたのは、席が隣だからだろうか。千鶴はそんな彼に笑いつつ、もう一方の隣の女子生徒へと話しかけた。



治める者のいない教室では自己紹介だなんだと騒がしく、千鶴もまた向こう隣の女子生徒と楽しそうに話していた。その相手には特に問題はないだろうと、文次郎は声だけは耳にしながら放っておく。
前に座る生徒の質問に答えながら悟られぬよう教室の中を見回すが、この教室に過去の記憶の中と重なる顔はいない。千鶴の知り合いはいるのかもしれないがいたとしても危害を加えられることはないだろう。他の組や学年は分からないが、少なくともすぐ近くには誰もいない。やはり彼らくらいかと、文次郎は懐かしい顔を思い出す。

入学式、教師陣の中に見えたそれは見間違いではないだろう。小平太だけでなくまさか彼奴まで、とは思ったが。しかし話の合間合間に飛ばされた矢羽音は、すっかりその解読方法も忘れてしまっていたが、それでも確かにあのときのものだった。
まぁ、小平太ひとりでないのだからよかったと思うべきか。気落ちしたか荒れたかは分からないが、彼奴のことだからうまく宥めてくれた筈だ。後で話をする機会を向こうから作るだろうと、文次郎は待つことにした。
まさかそんなに早いとは、思わなかったが。

「静かにしろ」

暫くして教室に入ってきた教師の姿に、文次郎は深く息を吐きたいのをぐっと堪えた。しかしそうしたい思いに気付かれていたのだろう、ちらりと視線を寄越したのを複雑に感じながら受け止める。

「今日から一年、この一年一組を担当する立花仙蔵だ」

きゃあきゃあと女子生徒の黄色い声が喧しく、千鶴でさえ「イケメンねぇ」などと呟いた。昔の記憶を思い出したらそんな感想を抱いたことをどう思うだろうか。文次郎は横目で千鶴を見ながらも、堪えきれず静かに息を吐き出した。




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