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「入学おめでとう」

七松小平太は勤務する高等学校の校門で、新入生を迎えてはひっそりと溜め息を漏らしていた。まだか、まだかと走り出したくなる衝動を抑えて待ち続けるのは探し続けた存在。
内村千鶴。かつて小平太が忍だった頃に出逢った女のことを思い出したのは今回の生を受けてのことだ。過去何度も繰り返された生の中で何度も出逢い、しかし自分は思い出さないままにいたその女を、小平太は探していた。彼女を見つけて力一杯に抱き締めて、今までつらい思いをさせたことを謝ろうと探し続けていた。
齢も所在も分からぬ彼女の名前を新入生名簿から見つけ出してくれたのは古くから縁のある友人だ。もうすぐ逢える。きっと彼女は自分を見て驚き咄嗟には避けられず、腕の中に閉じ込められたまま文句を言うのだ。いや、今までのことで怒っているならば抱き締めようとした腕を取って投げられるかもしれない。それでもいい。また笑ってくれるのなら、名前を呼んでくれるのなら、それでいい。

校門へ辿り着くには緩やかな坂を登る必要がある。ゆっくりと見えてきたふたつの人影、その片方が求めていた懐かしい彼女だと分かったとき、小平太は泣きそうになりながら口を開きかけ、しかし「……小平太?」そのもう一方に名を呼ばれてはじめて彼もまた懐かしき友人であることに気が付いた。
けれど、今は邪魔をしないでくれ。やっと逢えたんだと、彼女に視線を戻した小平太に。

「……文次郎、あんたの知り合い?」

訝しむ彼女の目が、言葉が、嘲笑うかのように突き刺さる。

ああこれは罰なのか、忘れていたくせに、浮かれていたから。開いたままだった口からは、彼女の名前は出せなかった。





まさかこんなところで再会するとは。潮江文次郎は驚きを隠しながら、共にいた少女の問いに「そんなものだ」と相槌を打つ。そのまま先に行くよう促せば、彼女は適当に頷きながら歩みを進めた。
隣を通り過ぎるときには会釈をしたから、小平太が見せた絶望の表情に気付くことはなかっただろう。もう既に彼は分かっている筈だ。それに答えるのは自分の役目だと、文次郎は思っていた。だからこそ此処に残ったのだ。
目で彼女を追う小平太に距離を詰め、文次郎は彼の名を呼んだ。

「久し振りだな、小平太」
「……文次郎」
「記憶はあるみてぇだな。じゃあ、あいつのことも覚えてるだろう?」
「……千鶴、なのか」

首肯すれば、そうかと小平太が呟く。いつかの快活な笑顔もなく、いつかのように泣くには時間が経ちすぎて、ただ歪められた表情で、既に確認の意味でしかない質問を舌に乗せた。

「千鶴には、記憶がないんだな」




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