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これは五度目の生なの、と、内村千鶴は語った。

「最初の人生は、時代で言うなら室町の後期あたりだったかしら。私はくの一だったわ。十の齢から六年間、学び舎で忍の術を学んだの。……何言ってんだ、って顔ね。あんたも一緒だったのよ?」

また馬鹿げたことを、そう言いたげな相手の顔に千鶴はしかし懐かしむように微笑んだ。あんたのことはまぁいいわ、千鶴は長く息を吐く。

「それで、私は、その学園で出逢った奴と夫婦になったの。すごく馬鹿でね、明るいのと体力だけが取り柄みたいな男だったわ。だから変な顔しないで。……愛してたのよ、これでも」

そこで言葉を切り、千鶴は咳き込む。激しいそれにもう喋るなと声が飛ぶが、千鶴はふるふると首を振った。口許を拭うと、何でもないかのように言葉を続ける。

「次は、ええと、時代で言うなら江戸時代ね。そのときはただの町娘よ。嫁がずにいて親に五月蝿く言われていたくらいね。過去の……前世の男が忘れられなかったんだから、仕方ないでしょ。そのうち養子にした子を育てて、そこそこ長生きして死んだわ」

微笑みを浮かべて語る千鶴の目は、寂しそうであったけれど。
相手の視線にそれを悟ったのか視線を落とす。強情な彼女は同情や憐れみを向けられることをよしとしない。

「その次は幕末。流行り病であまり生きてないけれど、まあ、悪くなかったわね。その次は昭和の頃。なかなかのお嬢様で、そこそこのお家に嫁いだわ。悪い相手じゃなかったし、愛さないことを咎め立てられはしなかったし、この人生も、幸せだったんじゃないかしら。……そして、今ここで生きてるのが五度目の生。記憶にない人生がなければね」

でもね。千鶴はそこで言葉を切り、ごほ、と再び咳をした。詰まったような音がする。ゆるゆると上げた手でそこを拭った。

「……どの時代にも、あいつに記憶はなかったわ。二度目のあいつは火事で子どもを助けて死んだ、三度目のあいつは斬られて死んだ。四度目のあいつは戦争に行って帰ってこなかった。私のことを思い出すことなく死んで、五度目の今も、私のことなんて気にしちゃいない。追いかけた私が馬鹿みたい。追いかけて、こんな世界に足を踏み入れて、殺されるなんて、馬鹿みたい」

開いて見たその掌は、血に染まっている。
助かることはないだろうと、千鶴は理解していた。焼けるように熱かった腹の穴にもう感覚はなく、喋る度に血が流れ出すのを止める気力もない。かつての時代よりも進歩した火器は人の命など容易く奪ってしまう。
だがそれがどうした。この世界に入ったときから綺麗な死に方はできないと覚悟していた。闇に隠れた汚い世界。それでも人を探すという目的を、期待した結果ではなかったけれど達成できたのだから、悔いなんてなかった。
悔いはなくとも、清々しくもなかったが。

「あーあ、久し振りに痛いわ。私は先に死ぬだろうから、まあ、絶望的だろうけど頑張ってね、潮江。……ふふ、潮江なんて久し振りに呼んだわね。文次郎って呼ぶの、違和感あって正直気持ち悪かったのよ」

言葉を向ける相手、抗争という名のつまらない争いを共にした相棒にそう笑ってみせると、肺に残ったすべてを吐き出すように息を吐いて瞼を下ろした。

「ああ、疲れた」

来世はすべての記憶が失われていたらいいのに。そう紡がれた言葉が、最期。




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