ほんの少し、未来の話

「それで、いつ話すんだ、記憶のことは」
「もう少し、私の中で整理がついてからね」

千鶴はノートを閉じると、文次郎へ返しながらそう答えた。板書を書き写せなかったために借りたそのノートは、自分のノートよりもやはり分かりやすいなと思う。千鶴自身のものも随分とましになったのだけれども、やはり自分でやることが久しぶりなだけあって読み返してもあまり勉強にはならないと感じた。もう暫くテスト前には彼の世話になるのだろう。それはいい。今は記憶の話だ。

「……私、ずっと好きだったのねぇ」

あれから数日して、千鶴は夢を見るようになった。『過去』のことだ。時も場所もばらばらであったけれど、文次郎たちの話から大体何度目の生の出来事なのか分かってきていた。まだ完全に把握したわけではないが、大まかにそれぞれの生の大きな出来事は知ったように思う。それを受け入れ様々な感想をいだきながらも、その事実だけは諦めのようなものも感じていた。なんだか狡いわなどと呟くけれど、事実であることを否定する気はなかった。
そしてこの夢について、まだ彼には話していない。話せば喜ぶだろうか、恐る恐る関わるのかもしれない。そうは考えても現在のところ話してはいなかった。一番の理由はただただ単純に、恥ずかしいからである。

「私は、あの人を好きでいいのかしら」

その言葉に、文次郎は答える気はしなかった。答える必要もないと、知っていた。夢について話すか否か、その問題ならば答えに困ったかもしれない。しかしその答えばかりはもう、知っているのだろう。
窓の外を見る。先日行った席替えで窓際の席を手にした千鶴は、授業中も外を見るときがあった。窓からはグラウンドが見える。その中では体育の授業が繰り広げられるのだ、つまり彼の姿もそこにある。
次も体育の授業なのだろう、グラウンドには彼がいた。そちらも気付いたのか、千鶴に向かって手を振っている。大きなその動作に小さく手を振り返す千鶴は、とても幸せそうに笑っていた。



end




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