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千鶴が目を覚ましたのはベッドの上だった。身体を起こし、どうして制服のまま寝ているのかしらとぼうっとした頭で考えるも、すっきりとした答えは出ない。なんだか長い夢を見ていたような、そんな気分だった。

「お。起きたか、千鶴」
「……あー、はい」

その声に反射的に返事をする。そして違和感に気付き、千鶴は視線をそちらに向けた。ぱちぱちと丸い目が自分を見つめているのを認識し、千鶴は首を傾げた。

「七松先生が、どうして此処に?」





急遽召集された、とはいえ同じ家にいた文次郎はすぐに千鶴の部屋に入り、千鶴が教室で倒れてからの話をすべて包み隠さず説明した。
小平太は既に帰っている。今千鶴の傍にいるのは混乱させるだけだからと、文次郎に問答無用で叩き出された。後で必ず連絡してくれ必ずだぞと騒いでいた彼からは迷いは消えたようで、文次郎は何も言わず頷くだけだった。とにかく気にかけるべきは千鶴の方だと判断し、切り捨てたと言っても過言ではなかったが。

「ふうん。前世、ねぇ」

話をした結果、どうやら今回の千鶴に戻ったようだと文次郎は判断する。前回までの千鶴の記憶は、残っていない。入院したことも休んだことも記憶にないようだった。
平然と説明を受け入れる千鶴に、文次郎は本当に信じているのかと疑問に思う。信じがたいことだとは分かっているが、納得はしてもらわねばこの数日間の他人との関わりに混乱が生じかねない。
そんな文次郎の思いが伝わったのか、千鶴は首を振る。

「心配しなくても、信じてるわよ。実感が湧かないだけで」
「……本当か?」
「あんたが私を騙すわけないじゃない」

当然とばかりに言い放たれる言葉に、今度は文次郎が閉口してしまう。千鶴は可笑しそうに笑って、更に続けた。

「前世の私ねぇ。どんな人間だったのかしら」
「……気になるか?」
「そりゃあ自分のことだもの。まぁ、あんまり変わってないんじゃない?所詮は私なんだから」

どうだと確認を求める千鶴に、文次郎は頷く。少々の違いはあるが、育った環境が違いすぎるのだから誤差の範囲内だろう。それに、もうひとつ。

「そうだな、あまり変わりはない。見た目も得意分野も、小平太に惚れるところも」

包み隠すことなく指摘すれば、千鶴はぴたりと固まった。呆気に取られたような顔は間が抜けていて、あまり見ない表情だ。文次郎がそう考えているうちに千鶴の顔がみるみる朱に染まる。

「……文次郎、あんた、いつから」
「分からんと思ったか。これだけ長い付き合いをしていると嫌でも分かる」
「くっ……!」

文次郎に対しては強気であることが多かったが、このときばかりはそうはいかないらしい。恥ずかしがる千鶴は、ただの年頃の少女のようだった。
こういう関係でいいのだろう、と文次郎は思う。負い目を感じるわけではなく、ただ幼馴染みとして接する関係が、きっと彼女の望んだことだ。確かめる術はなくとも、文次郎はそう思っていた。

「……それで、どうするんだ」
「どうするって、明日は学校に行くわよ」
「そうじゃない。小平太のことだ」

照れ隠しにか顔を背ける千鶴がぶつぶつと何かを呟く。それを無視して文次郎は訊いた。たた純粋に興味というわけではないが、一切興味がないわけでもない。
それを感じたのか、文次郎とコイバナって似合わないわねぇと、そんなことを思いながら千鶴は困ったように笑った。 こういう関係も悪くはない。




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