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中在家長次が親友を迎えたのは、仙蔵から連絡を受けてから一晩経ち太陽が高いところまで昇った頃合いだった。
ずっと考えていたのだろう、小平太の目の下には似合わない隈ができている。答えが見つからないことに慣れていない小平太が、それでも考えて考えて、眠ることもできずに考えて、ようやく相談という選択肢を選んだのだろう。それは長次にとっても望ましいことで、コーヒーを渡すと一体どうしたのかと小平太の口からの説明を求めた。事情は知っていても、その行為が小平太の葛藤を教え、また彼自身が考えを纏める助けにもなると長次は知っていた。
ぽつり、ぽつりと、小平太の声がしんとした空気を震わせる。彼らしからぬと人は言うだろう、戸惑いを多く含んだ張りのない声だった。
感情を全て吐露した小平太に、迷い人のようだと、長次は思う。選ぶことを躊躇うような、進むことに戸惑うような、それは知らない道を楽しむ子どもとは違う、恐怖を覚えた大人だった。
それでも小平太の本質が変わったわけではないと、長次は知っている。聳える壁がどれだけ高いものであろうと突き進む彼を知っている。その先にあるものが何であろうと自分の道を後悔しないと知っている。会いに行きたいのだと小平太が語るのであれば、きっとそれが後悔しない道だった。

「……」

だから長次は背中を押す言葉を紡ごうとして、しかし、そういえばと一度留まる。脳裏を過るのはかつてからの友のひとりの言葉、彼女の本音を聞いた留三郎のものだ。口止めをされているからと話の内容は漏らさなかったが、話したという事実だけで考えられることは多少ある。
千鶴はきっと弱っていた。何度も何度も出逢い絶望した過去に疲れていた。長次の知る過去の千鶴はいつでも平気そうに笑っていたが、人知れず泣くこともあったのだろう。そしていつの日か諦めてしまったのかもしれない。二度と叶うことのない想いを捨てようとしたのかもしれない。それでも尚、捨てられなかったのかもしれない。
出来ることならもう泣かせてやるなと伝えるよう優しい友は言った。だがそれでは不足していると、長次は考える。そのまま伝えれば小平太はきっとそうしようとするだろう。泣かないように、泣かせないように、力加減を知らなかった頃とは違い触れかたひとつにもひどく気を遣うだろう。しかしそれはきっと彼女の心をも苦しめる。彼女は奪うような真似はきっと望まないだろう。彼女の愛した男は、たいそう笑顔の似合う男だった。そして、彼女も。

「……小平太」

長次は今度こそ言葉を紡ぐ。その大きな背中を押すための言葉を、そして出来ることなら、たった一度でもいい、笑顔にしてやれと伝えるために。




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