15 本当にいいのだろうか。 当初からそのつもりであったにも関わらず、仙蔵は何度もそう考える。千鶴に過去の記憶があることを、そして今世の記憶が消えてしまったことを、小平太に話してしまってもいいのだろうか。恐らく傷つくだろうと予想は出来ている。そして次に傷つく権利などないと考えるだろう。その後は、どうするだろうか。考えるよりも先に千鶴のもとを訪れ謝り、それからどうしようと惑うだろうか。うじうじと悩み、親友に相談して、背中を押されてようやく会いに行くだろうか。どちらかと言えば後者だろうが、仙蔵はそれを確実だとは思えなかった。 しかし、それでも伝えなければならない。それが千鶴の願いだ。すべてを包み隠さず伝えろと、そうでなければ黙っていろと。文次郎からその話を聞いたとき、その役を担うとは自ら申し出た。どんな反応があっても冷静に対処できるのは、自分の方だと考えていた。 当然、千鶴の願いだから叶えるわけではない。仙蔵は文次郎のように千鶴へ負い目を感じていたり、千鶴の幸せを願ったりなどとする理由はない。今回倒れて記憶を失い取り戻したことは自身が切っ掛けを与えたのだとしても、まぁ多少詫びる気持ちがあれどそれはそれ、だった。 だが小平太は友人であった。同僚であり、仲間であった。黙っていることは裏切りになるだろう。彼はもう子どもではない。どれだけ悩んだとしても、後悔したとしても、与えられた情報を自ら選別し行動に移せるだろうと、知っていた。 だから仙蔵は、小平太と対峙する。つい先日と同じように、場所だけは彼のテリトリーたる体育準備室で。 「……千鶴に、記憶が?」 「ああ。会いたければ会いに行け」 小平太の顔に驚きと戸惑いと、そして多分の喜びが浮かぶ。今すぐにでも飛び出しそうな彼を「但し、」引き留めるには一言で十分だった。 「千鶴は、今回の生のことを憶えていない」 「……え?」 喜色が消える。その言葉の意味を受け入れられないのか、目を瞬かせる彼に「前回の内村千鶴がそこにいる」もう一言付け加えた。 小平太の顔から表情が消える。理解する。それはさぞ絶望に近いものだろうと、仙蔵は思いながらも言葉を止めることはしなかった。 「それを受け止めて、会いに行け」 きっと可能だろうと、信じていた。 小平太を残し体育準備室を後にした仙蔵は、携帯電話を取り出すと文次郎の携帯電話へと電話を掛けた。数回のコールの後に聞こえた声は千鶴のもので、電話があることを分かっていたのだろうと仙蔵は動揺もせずに「小平太には話した」短く報告を済ませる。 『そう、ありがとう』 「……よかったのか」 『勿論よ。頼んだのは私なんだから』 「……会いに行かない可能性もある」 『そうね』 「きっと、悩んでいる」 『ふわぁ、……何が言いたいの?』 「お前は、彼奴に逢いたいのか。それとも」 『そんなの、決まっているでしょう?』 続けられた千鶴の言葉は迷いなく、だから仙蔵は、それ以上何も言わなかった。 ← → 目次 ×
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