10 電話では何をしでかすか分からない。そう判断した仙蔵は小平太を国語準備室に呼び出すと、千鶴が倒れた件を口にした。途端に真っ青になり飛び出そうとする小平太を手早く床に倒すと、その上に腰を降ろし起き上がれないよう関節を固める。暴れはするが力任せに振り払えることもなく、小平太は顔を顰めた。 「仙蔵!退け!」 「落ち着け。お前は担任教師でも何でもないだろう」 「だが……!」 「内村は既に病院だ、伊作に任せておけば心配ない。……そうだろう?」 千鶴が運ばれた先、そこに勤める旧友の名を出せば、ぐ、と言葉に詰まる。それでも尚何か言いたげで、しかし何の言葉も出せない小平太に、仙蔵は息を吐くとその上から退いた。そうしてももう感情のままに飛び出すような真似はせず、身体を起こしはするが座り込んだ体勢のまま動かない。少しは頭が冷えたか、仙蔵はそう考えながら、スーツの乱れを軽く正した。 「私はこれから病院に行く」 「……千鶴に、何かあったら、」 「心配するな」 言っても無駄だと思いつつも、仙蔵はそう口にした。無事を聞くまできっと何も手につかないのだろう。そうなることを予想して午後に授業がないことを仙蔵は確認している。部活のことは、移動途中に時友へでも伝達しておけば大丈夫だろう。彼奴もまた動揺するだろうが、小平太よりは上手くやるに違いない。 「……落ち着いたらお前にも連絡をする」 文次郎は養護教諭の車で千鶴が運ばれたときに同行していた。事情を一番知っているのは彼奴で、仙蔵自身も訊かなければならないことがある。分かったか、と問えば頷く小平太は、しかし暗い表情のままだった。 これは長次にも連絡をして任せるべきか。そんなことを考えながらも小平太を残し国語準備室を後にする仙蔵の耳に届いた微かな声は、獣の咆哮にも似ていた。 ← → 目次 ×
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