07

千鶴がマネージャーになってくれて助かった。小平太は常々そう思う。マネージャーのおかげで皆が練習に専念出来るし、倒れそうな部員がいればそれに気付いて教えてくれる。倒れてしまった部員の世話も彼女がしてくれる。昔のようにとはいかないが、後輩たちを慈しみ守っていたあの頃の彼女が重なり錯覚しそうになっていた。
勿論、それだけじゃない。千鶴が傍にいることが幸福だと感じているし、一言二言会話ができるだけで感極まって涙が出そうになる。さすがに泣いてしまうことはないが、勘のいい部員に苦笑されたこともあった。その部員もまた、懐かしそうにしていたが。

「七松先生、マラソン終わりましたー」
「ん、よし!一年は時友の指示に従って筋トレ、二年は各自基礎トレ、三年はコートに入れ!」
「はいー」

噂をすればなんとやら、先頭を務めていた二年の時友四郎兵衛がそれに当たる。彼もまた遠い昔に彼女と親しくしていたひとりだ。あの頃は四郎兵衛の方がずっと年下だったけれど、今は四郎兵衛が年上になっている。
四郎兵衛もやはり時折泣きそうな目で千鶴を見る。いつかの過去で、自分とはまた違う思い出があるのだろうと、小平太は察していた。直接聞いたことはないが、無遠慮に踏み込んでいいものでもない。自分もまた、踏み込まれたいものでもない。

「……しろちゃん先輩も、体力半端じゃないですね」
「次期部長だからな。すまんが一年生にも気を配っておいてやってくれ」
「はぁい」

交わせる会話はこの程度だが、こんな時間が出来る限り続けばいいと願う。彼女の卒業まで、引退まで。いや、一年間だけでも一緒にいることができたら、その思い出を胸に抱いて生きていこう。
七松小平太は考える。きっと千鶴が今の私を好くことはないだろう。彼女が一番信頼している男は文次郎だ。部員の中にも千鶴と親しい者は少なくない。自分は歳が離れていて、しかも同じ教師職ならば人気の高い仙蔵もいる。きっと、自分をまた好きになってくれる可能性など、なきに等しい。
それでも、千鶴が幸せならいいのだ。かつて千鶴が傍にいようとしてくれたように、千鶴のことを見守っていけたら、それでいいのだ。七松小平太は、そう、考える。




目次
×
- ナノ -