教室の真ん中 02

一日の授業が終わると、竹谷くんはすぐ教室から姿を消した。さっきのことはどういうことかと聞きたかったけれど生物委員会の後輩に呼び出されて行ってしまったのだ。どうしていいのか分からないのは私だけでなく、クラス一同そうらしい。面白がっているのか何なのか、遠巻きに視線を寄越してきてもけっして何かを問うてくることはない。もし訊かれたとしても、何も答えられないんだけど。
それでも視線は突き刺さり、私はどうしようかなぁと息を吐く。すると「みょうじさん」穏やかなトーンで名前を呼ばれた。顔を上げたそこにはふたつ並んだ同じ顔。竹谷くんの友達の、不破くんと鉢屋くんだ。今名前を呼んだのは不破くんの方だろう。

「どうしたの?」
「ちょっといいかな」

問いの形ではあるけれど強制力のある鉢屋くんの言葉に、私は大人しくふたりに従って教室を出た。他のクラスはホームルームが終わってないみたいで廊下も静かだ。これから何処に行くのかと思えば、ふたりは廊下の一番端にある空き教室の中に入っていく。ここ施錠されてなかったっけと首を傾げると、それを見た鉢屋くんがにぃっと笑った。悪い笑みってやつだ。どんな手法か知らないけれど、勝手に開けた、ってことだろう。

「ごめんね、時間取っちゃって。あと、ハチがいきなりあんなこと言っちゃって」
「ううん、あの、驚いたけど」
「八左ヱ門は少し先走ってしまってな。手順を踏めという話をする前にみょうじさんのもとへ行ってしまった」
「相談されて、想いは告げるべきだ、って言ったところだったんだけどね」

それすらも鉢屋くんの狙い通りだったんじゃないかと思わせる鉢屋くんの笑顔と、仕方がなさそうな不破くんの微笑みに、私も思わず笑ってしまう。竹谷くんは本当にふたりと仲が良いんだろう。鉢屋くんが楽しんでるのはきっと思い違いじゃないけど、それでも相談に乗ったのは本当の筈だから。こうして私を教室から連れ出したのも、竹谷くんの代わりに好奇の目から助けてくれたのだろうから。

「さて、それじゃあどうしようか」
「来てもらったはいいが、八左ヱ門はいないしな」

不破くんたちが顔を見合わせる。きっと私がさよならの挨拶と共に教室を出て下足場に直行しても、ふたりは文句なんて言わないだろう。けれどそうするには竹谷くんのことが気になる。このまま帰ってはいけないと、思う。
竹谷くんの委員会が終わるまでどれだけ掛かるか分からないけれど、きっと暫くはこのふたりも付き合ってくれる筈。そう勝手に推測して、私は気になることをぶつけてみることにした。

「ええと、本当なの?その……」
「ハチがみょうじさんを好きだってこと?」
「本当さ。まあ、あまり私たちが代弁するのはよろしくないだろうから多くは語らないでおくが……」

鉢屋くんがそう前置きをして、けれどふたりは多くのことを話してくれた。竹谷くんが私を好きになったきっかけ、ふたりに相談した回数や内容、時折うんざりするような顔を見せながら、私の顔が真っ赤になるのに充分なくらい話してくれた。
そうしているうちに教室は夕焼け色に染まっていて、そろそろ帰らなきゃねと言い出したのは不破くんだ。そうだなと鉢屋くんが時計を見て頷く。いつの間にか部活動中の生徒以外の下校時刻が迫っていた。

「じゃあ、最後に……みょうじさんの気持ちは僕らには分からないし、僕らが訊くことはしないけど、ハチの話は最後まで聞いてあげて」
「そうして、答えを返してやってくれ。言葉を濁すことなく、しっかりと本心からの答えを」

お先に、なんて言いながら、ふんわりとした笑顔の不破くんと優しく目を細めた鉢屋くんは、ぽんと私の肩を叩いて教室を出ていく。軽い音を立ててドアが閉まるのを見送って、私はどうしようかと窓の外を見た。竹谷くんは、どうしているだろうか。もう委員会は終わっただろうか。下校時刻だけど、まだ校内にいるだろうか。会いに行っても、いいだろうか。




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