きっかけひとつ 01

俺はどうやら幼馴染みに嫌われているらしい。

「よう、なまえ」
「あ、と、け、食満先輩……っ」
「久し振りだな」
「う、うん……あの、わ、私後輩に呼ばれてるから!失礼します!」
「あっ」

少し話ができないだろうかと思いひとつ年下の幼馴染みであるなまえを探し出し、偶然を装って声を掛けたところ、なまえは本当にあっという間に姿を消した。すげえよ遁術はプロ並みじゃねえのか、とか言ってられない。これで何連敗かと溜め息を吐く俺に、「八回目だね」どこからか伊作の声がした。辺りを見回すが姿はなく、代わりに見つけたのはぽっかりと地面に開いた穴。

「……また穴に落ちてんのかよ」
「やあ、手を貸してくれないか」

存外深い穴の底でなんでそんな笑ってられるのか。同室の男にまた溜め息を吐きながら、俺は懐から修繕したばかりの縄を取り出した。

やっとの思いで引き上げれば、伊作は土を払いながら礼を言ってくる。いつものことだと軽く流せば「それにしても」伊作もまた苦笑で話を切り替えた。

「相変わらずみたいだねえ、なまえちゃん」

なまえが俺の幼馴染みだと知っている伊作は、やれやれと言いたげに息を吐いた。そうしたいのは俺だと思いながら縄を懐にしまうとなまえの去っていっただろう方向へ目を向ける。勿論なまえの姿はない。後輩のもとに行ったのか、あの言葉は嘘で俺と居たくなかったのか。自分で考えたことであるが、前者であってくれと強く願う。

「また今日も『食満先輩』か……」
「しかも他人行儀に敬語だったね」

伊作により付け足された言葉がぐさりと胸に刺さった。思わず胸を押さえると伊作が慌てたように謝るが、悪気はないんだろうから責められるわけもない。
だが本当に、伊作の言ったことは事実なのだ。なまえは俺を『食満先輩』と呼ぶし、敬語で話すようになっていた。昔は名前で呼んでくれていたのに、俺が四年なまえが三年になった頃から急にそう変わった。何かした覚えもなく、理由を聞いてもはぐらかされて逃げられる。今では理由どころか話すことすらままならないのだから、追求できるわけもない。

学園に入学する前はいつもなまえと一緒だった。なまえの家の仕事を俺が手伝ったり、その逆だったり、おつかいを言い付けられたときはなまえの手を引っ張って歩いていた。遊びはいつもなまえに合わせてままごとや花摘み、たまに言い出した木登りや川遊びは俺に気を遣ってたんだろう。なまえが出来ないと言うことには手を貸して、いろんなものを見て、いろんなことを体験して。
あの頃からずっと、俺はなまえに懸想している。

「……大丈夫だよ。留三郎はずっと変わらず想ってるんだから、なまえちゃんだっていつか応えてくれるよ」

伊作のなんの根拠もない慰めに、俺はそうであってほしいと願うしかなかった。


 

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