夕風吹いて 04

それから数日後、尊奈門はタソガレドキ城から遠く離れた町にいた。はぁあ、と大きな溜め息が止まないのは、ここにいる理由が忍務ではなくおつかいだからである。いや、それですらないのかもしれない。
そういえばいつだったっけ、と上司である雑渡昆奈門がばりばりと煎餅を食べながら白々しく切り出し、ところでおいしいねぇこの煎餅どこで買ったの、と控えていた山本陣内に問い、そうじゃあ尊奈門買い足しといてよよろしくね、と放り出されたのが数刻前。
たどり着いたこの町はなまえが実習に来るという町で、今日はいつだったっけと訊いてきたその実習が行われる日だった。

「組頭はあいつらに甘すぎる……」

一人ぼやく尊奈門の脳裏には数日前の光景が浮かぶ。笑顔の消えたなまえに『しまった』と思うや否や、戻ってきた保健委員一同と上司の姿。おや尊奈門来てたのか、とのんびり言いのたまう上司、その腕に抱えられた子どもがいち早く察したのか『しょせんさんがなまえ先輩を泣かせてる〜!』大声を張り上げた。そこからなまえは優しく促されるまま医務室を出され、尊奈門は保健委員に詰られ口を挟む暇もなく、彼らが当事者どちらの言葉も聞かないままなまえに謝ることを約束させられた。
納得いかないと言えば上司に文句は文書でと受け流されるし、今日放り出されたのはなまえに会ってこいという意味だろう。勿論、煎餅も買って帰らねばならないが。
本当に、もう。尊奈門は何度目かの溜め息を吐き、笠を被り直してゆっくりと歩を進めた。
狭くはない町なのだ。人通りも多い。ちょっと探したくらいで見付けることは難しいだろう。煎餅を買い、少し時間を潰してから戻り、何か訊かれたときは会えなかったで済ませてしまおう。実習の邪魔をするのもなんだし、話をするのは今度でいい。
そう決めた尊奈門は早々に煎餅を買い求め、散策を始めた、そのすぐのこと。

「……なんでこんなときばかり」

今日一番深く息を吐き出す尊奈門の視線の先に、なまえがいた。あのときと同じ小袖を纏い、同じ化粧で微笑んでいる。そんななまえと共に歩く男に尊奈門は眉間に皺を寄せた。優男のような風貌に、なまえを見る目に。

「……」

ちっ、と舌打ちをひとつ。尊奈門は笠を深く被り、悟られないよう顔を伏せる。そうして人混みに紛れるようにして歩き出した。




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