夕風吹いて 03

畳に腰を下ろしたものの、どうしたものかと落ち着かない尊奈門はなまえの動きをじっと見つめる。別に見惚れているわけではなく、薬でも混入されたら堪らないからであると尊奈門は心の中で主張した。なまえが顔を上げると、ばっと勢いよく顔を逸らして何でもない振りをするのだが。

「お、お前は此処で何をしてるんだ?」
「善法寺先輩たちは誰か怪我をしないか心配して様子を見に行きましたから、私はお留守番なんです」
「……その格好で?」

沈黙が気まずい気がして適当に切り出した話への答えに、思わず続けて訊いたのはなまえの格好がくのいち教室の制服ではなかったからだ。頭巾を外し緩く結い、身を包むのは年頃の女らしい落ち着いた色の小袖。笑う顔には化粧も施している。可愛くなくはないかもしれないが、委員会活動には相応しくないだろうと尊奈門は首を傾げた。
するとなまえは見せるようにその袖を持ち上げる。にこにことした笑顔は崩さずに。

「今度実習で殿方に奢っていただかなければならないので、可愛いかどうか皆に見てもらおうと思ってたんです」

無邪気そうに笑ってはいるがなまえとて忍のたまご、くの一のたまごである。色を学ぶ一環として男を騙して貢がせることはよくあることだ。そういうことだろうと、尊奈門は分かっていた。分かっては、いた。

「諸泉さんはどう思いますか?」

けれど楽しそうに笑うなまえとは反対に、尊奈門は眉間に皺を寄せる。そうして視線を背け、ぽつりと落とした。

「似合わない」
「え」
「そんな格好じゃ、ろくな男は寄ってこないだろうな」

分かってはいても、なんとなく面白くなかったのは確かだ。一目見れないかと願う相手が他の男と逢瀬をするというのだから、忍とはいえそう感じるくらいは仕方ないだろう。
けれどその言葉は楽しくない感情からだけの言葉ではなかった。ぶっきらぼうな言い方になったのはいつものことで、それでもなまえはいつもにこにこと笑っていたから気にしないだろうと思って、いや、考えもしなかっただけで。

「……そう、ですか」

けっして今なまえが浮かべているような、悲しそうな顔をさせたいわけではなかったのだ。




目次
×
- ナノ -