夕風吹いて 02

忍術学園の内部へ忍び込むと、尊奈門は身を隠し素早く辺りを見回した。サインは既に済ましているためサイドワインダーに追われる心配はない。学園の生徒に、特に一年生に見付かっては厄介だと思っての行動である。彼女はいないかと姿を探したわけでは、ない。
そうして天井裏から医務室へ辿り着き、尊奈門はそっと板をずらし中を覗く。と、ぎくりとした。

「っ……!」

一目見れないかと期待していなかったと言えば嘘になる。けれど予想はしていなかった。
目当ての人物である雑渡昆奈門はそこにおらず、いつもその膝に座る一年生や気に入られている六年生もおらず、ただひとり、なまえだけがそこにいた。
声を発しそうになったのをどうにか飲み込む。けれど動揺が気配となって気取られたのか、それともただの偶然か、なまえのぱちりとした目が天を仰いだ。途端目が合い、尊奈門の心の臓がどくりと跳ねる。

「こんにちは、しょせんさん」
「諸泉、だ!」
「あれっ、ごめんなさい」

悪気はないのだろうなまえに、尊奈門は胸いっぱいに吸った息を盛大に吐き出した。これ見よがしなそれの裏で鼓動をどうにか整える。ある程度落ち着いたところで畳の上に降りれば、なまえはぱちくりと目を瞬かせてからにこにこと笑った。それにまた鼓動が走りそうになるが、意識すればコントロールできないわけがない。

「雑渡さんなら潮江先輩たちの相手をするために中庭へ行っていますよ。早めに済ませてくるって言ってましたから、此処でお待ちになりますか?」
「そ、そうか。そうだな……」
「それとも土井先生のところに行きますか?なら今頃は補習のため一年は組の皆と裏山にいると思います」
「土井半助のことはいい」
「そうですか」

じゃあ、お茶でも淹れますね。慣れた手つきで鉄瓶に水を注ぐなまえに、薬を煎じる用だろう七輪をそんなことに使っていいのかと口を挟むことはやめておいた。何だろうと困るのはどうせ忍術学園の人間で、けっしてなまえの淹れた茶が飲めなくなるのが惜しいわけじゃない。




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