私と彼の五日間 05

金曜日、一限目の講義は大教室で行われるもので、これまた実は受けていたらしい次屋くんに誘われて購買へ向かうことにした。教室を出て早々に反対方向へ行くから慌てて引き止める。すると次屋くんは不思議そうな顔をして、そうなのか、と首を傾げた。

「購買も食堂もよくどっかに移動するよな」

それを聞いて、ああ方向音痴なのかとうっすら理解する。もしかしたら月曜日も次の教室へ移動しようとしてるところなのかもしれない。だとしたら殆ど行けてないんじゃないかとちょっと心配になるけれど。

「購買で何買うの?」
「消しゴム。忘れたんだよな」

道中訊いてみれば、なんとまあ、私にとって特別な単語が飛び出した。思わず足を止めると、訝しげな顔した次屋くんが振り返る。

「……半分、返そうか?」

『あげようか?』じゃなく『返そうか?』にしたのは、覚えてないかなとほんの少し期待したから。
ずっと前、たった一度消しゴムを分けてくれただけの関係だ。期待するだけ無駄だとは分かっていた。でも、覚えてないなら軽くつっこまれて終わるだけだろう。むしろそうなるだろうと思ってるから忘れられててもショックを受ける筈はない。
それなのに、次屋くんは。

「なんだ、覚えてんじゃん」

そう、あの日と同じ笑顔で笑うものだから。
私は赤くなる顔を隠そうと下を向く。手で額を押さえながら、はああと息を吐いた。

「……なんで覚えてんの、次屋くん」
「記憶力はいいんだよ。あのときのなまえ、すっげえ顔してたし。この世の終わりみたいな」
「忘れて」
「もう一生忘れらんねえ」

覚えててくれてて、嬉しいような恥ずかしいような。
私はそろそろと顔を上げると、次屋くんと視線を合わせた。やっぱり気恥ずかしくて背けたくなるのを押さえつつ、私はどうにか口を開く。

「……あのときはありがとう」
「どういたしまして」

やっと言えた感謝の言葉に、次屋くんは軽く頷いた。
また会うことができた。話が出来た、名前を知れた、私のことを覚えていてくれた。いつかの願いはすべて叶った。けれどそれで終わるわけもない。
新たな願いはこれからもっと仲良くなれること。

「改めて、これからよろしくね」
「おう」

これからどうなるのか分からないけれど、これまでのことが叶ったんだから、きっと今度も叶う筈だ。


end


 

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