私と彼の五日間 04

木曜日、四限目の授業でそれが起こった。

「なぁなぁ」

つんつんと肩をつつかれ、横を見ればそこに彼、次屋くんがいた。
まさかの向こうからの接触に私は言葉を失う。いや、それでよかった。そうじゃなかったら授業中だというのに叫んでしまったことだろう。

「俺のこと覚えてる?」

次屋くんのその言葉は、どのときのことを指しているのだろう。火曜日のことか、もっとずっと前のことか。彼が昔のことを覚えていてくれたと考えるのは都合がよすぎる気がして、先日のことだろうと判断した。

「うん。火曜日、ぶつかったよね」
「……そうそう。あのときはごめんな」
「ううん、気にしないで。こっちもぼーっとしてたから」

ああ、会話してる。それだけのことなのにじぃんと胸に響く。ずっと話したいと思ってたんだから、それも仕方がないかもしれない。

「名前聞いていい?」
「みょうじなまえ。よろしくね」
「俺、次屋三之助。よろしくな、なまえ」

本人の口から名前も聞けて、私は頬が緩みそうになるのをどうにか堪えながら握手を交わした。





高校生の頃、有名塾の模擬試験を受けにいったときだ。
最後の模擬試験を前に、私は筆箱の中身をひっくり返す勢いで漁っていた。鉛筆、ある。鉛筆削り、ある。消しゴム、……ない。何度探してもないそれに、私は『忘れた』という認めたくない事実をようやく受け入れ泣きそうになった。

「何してんの?」

そんなときに声を掛けられ、私はその方向に目を向ける。通路を挟んで隣の席に座っていた彼は、喋ることもできなかった私に「ああ、消しゴム忘れたのか」机の上の状況から判断したんだろう、そう言った。
それから机にあった彼の消しゴムを手に取って、ケースを外して、それから、真ん中から折り曲げた。

「え」
「ん」

簡単に半分に千切られたそれを、彼は差し出す。促されて手を伸ばせば、ぽんと置かれた半分の消しゴム。

「それ、やる」
「……いいんですか?」
「おう。もう千切っちゃったし」

返されても困るという彼に、「ありがとうございます」私は何度もお礼を言った。「もういいって」彼に止められるまでそれが続いて、試験官が入ってくると私は慌てて準備を整えた。

「本番では忘れんなよ」

そう笑う彼の顔を、私はこっそり横を見て目に焼き付ける。きっとまた会えたら、もう一度お礼を言おうと思って。
試験が終わったときにはもういなくて、名前も志望校も聞いてないと気付いたときには、軽く絶望したけれど。

――それが次屋くんとはじめて会ったときのこと。




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