木陰にて 03

長屋まで運ばれる最中に目を覚ました金吾は、滝夜叉丸に事情を聞くとサッと顔色を悪くした。

「お、降ろしてください!」
「どうするつもりだ?」
「なまえ先輩に謝罪をしないと!」

じたばたと暴れだす金吾に、滝夜叉丸はどうしたものかと息を吐く。真面目なこの少年は、女性に膝枕をさせたことがどうにも恥ずかしいものらしい。いや、滝夜叉丸自身もその立場だったならすぐにでも謝りに行こうと思っただろうが。
しかし、と滝夜叉丸は難しい顔をする。金吾の自尊心は守らせてやりたいのは山々だが、金吾の体調と自らの予想のことを考えると、今それを行わせるのは避けたかった。

「分かった、なまえ先輩のもとへ私が連れていってやる。だからおとなしく、静かにしていてくれ」

けれど言って聞かせるには金吾に余裕が足りない。仕方ない、と滝夜叉丸は決心して踵を返す。面倒見のいい先輩である。



なぜわざわざ茂みの中を通っていくんですか。そんな金吾に再度静かにするように言い聞かせ、滝夜叉丸は姿を隠すように木々の間を抜けていく。低木の近くにしゃがみこみ、金吾を降ろすとさあ見てみろと遠く校庭にある大木の方を指せば、金吾は驚くように目を見開かせた。
先程金吾がされていたように、なまえの膝を枕にする体育委員会委員長。楽しげな小平太の様子と迷惑そうにしながらもそれを許すなまえの姿は、どう見ても他者の介入する余地がない。
滝夜叉丸には概ね予想通りの光景であったが、金吾はあんぐりと口を開け、顔を真っ赤に染めて目を逸らせた。

「お前にあれの邪魔をする勇気があるというのなら、私は止めないが」
「で、でも、あれはっ……!」

はくはくと言葉の出ない様子の金吾に、そうなることも予想していた滝夜叉丸はまぁ落ち着けと頭を撫でてやる。

「心配するな、なまえ先輩は心優しい御方だからな。少々感謝の言葉が遅れたくらいで気を悪くなさることはないだろう」

だから今は帰ろう。そう訴えた滝夜叉丸に、金吾は首が飛びそうなくらいに首を縦に振る。再び金吾を背負った滝夜叉丸はちらりとふたりを振り返り、ふぅと吐息を漏らした。
仲睦まじいのはよいことだが、多少は他者の目も気にするべきではなかろうか。慌てて踵を返す通りすがりの下級生の姿を憐れみそう思うが、それを暴君相手に訴えるほどの度胸は滝夜叉丸にもなかった。


end


 

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