木陰にて 01

いけいけどんどーん、何かの破裂音とともに聞こえた声に、なまえは短く深く息を吐く。膝に頭を乗せている幼い彼は「いけいけ……どんどーん」魘されるように眉間に皺を寄せて呟いた。よっぽど疲れているのだなぁ、とその額にかかる前髪を漉きながら撫でれば、木陰を吹き抜ける風にほんの少し苦しそうな表情が和らぐ。

「後輩に無理はさせるなって言ったのに」

口をついたのはもう何度言ったか分からない言葉。けれど今回ばかりは仕方ないのだろう。マラソンから帰ってすぐに気を失った金吾は、山中で滝夜叉丸が止めても小平太が止めても「まだいけます!」と聞かなかったらしいから。
多感な年頃だから何か思うことがあったのだろうと、しゅんとする小平太に叱りつけるようなことはせず頼まれるままに金吾を預かった。無理を強いられ続けるのはいただけないが、自ら限界に挑むのは決して悪いことじゃない。限界を知らないままで同じことを繰り返すならば愚かでしかないが、この子には道を正し導いてくれる師もいるのだから心配はいらないだろう。
引き続き委員会活動に参加している後輩たちも無理しなきゃいいけど。彼らがバレーをしているだろう方角へ思いを馳せる。
いけいけどんどーん、破裂音、怒号。ああ道具用具の管理の要がついにキレたか。なまえは金吾の耳をそっと塞ぎながら、はあ、と何度目かの溜め息を吐いた。



「金吾はどうだ?」

それから幾分もしないうちに現れた小平太に、なまえは人差し指を唇の前に立てる。静かに、と小平太だけに聞こえるか否かの声量で伝えれば、小平太は両手で口を押さえてこくこくと頷いた。
小平太の後ろにいるのは滝夜叉丸のみだ。用具委員会委員長に怒られたから今日の活動は終了したのだろう。一応の確認を取ってみれば、またこくこくと頷く。別に喋るなとは言っていないが、静かであるに越したことはないので指摘するのはやめておいた。

「そう、お疲れさま。滝夜叉丸も」
「は、はいっ、いえ、この平滝夜叉丸、まだまだ体力に限界などありえませんが」
「なんだ、じゃあ裏裏裏山までもう一往復――」
「ですが!これ以上なまえ先輩に金吾を押し付けたままにするなど体育委員会の一員として心苦しいので!非常に残念ではありますが私は金吾を長屋まで責任を持って送り届けようかと!」

大言を吐きながらもやはり限界は近いのだろう、ひきつった笑みで小平太の言葉に首を振る。そんな滝夜叉丸のことをなまえは嫌いでない。なまえのことを慮ったことも、これでいて後輩想いでもある彼が金吾を迎えにきたことも事実だろうし、小平太に任せるより安心でもあったから、滝夜叉丸の申し出に「お願いするわ」頷いた。

「けれど、あまり大声を出すと金吾が起きるから気をつけて」
「っ……!」

幸い金吾は少し身動ぎした程度であるが。
口を押さえ何度も何度も頷く滝夜叉丸になまえは苦笑して、そっと金吾の頭を膝から下ろした。


 

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